『SWING UP!!』第13話-9
「よかった。お父さん、機嫌よくなってた」
玄関を出て、門のところで少しばかり立ち止まって話をしていた、結花と航である。
『付き合ってる人がいるの。その人に、会って欲しい』
という、結花の告白から数日間、いささか機嫌を損ねていた様子の父だったが、その“付き合ってる人”である航との話が上手くいったらしいことで、改めて結花は、ない胸をほっと撫で下ろしていた。
(いちいち、“ない”って、いうんじゃないわよっ!)
…あうちっ!?
………
…ハッ。
は、話を、続けねば…。
「ガイアンズの話で、盛り上がったよ」
「……らしいといえば、らしいかもね」
父は、結花以上に、熱狂的なガイアンズのファンでもあるから、それを通じて航とも話が通じ合ったのだろう。初対面の人間に、野球の話はタブーとよく言われるが、ファンとしているチームが同じなら、それは多少変わってくる。
「阪籐投手の現役時代をよく知っている人だから、もっと話を聞きたいなって、思った」
「あは。お父さん、それ聞いたら、すごい喜ぶよ」
後で伝えておくね、と、結花は航ににこやかな笑みを見せつつ、そう言った。
「他には? なんか、言われた?」
「結花と、添い遂げる覚悟があるかって」
「は!?」
結花としては、軽く話を聞きだすつもりだった。しかし、とんでもない内容が航の口からごく自然に出てきたので、絶句してしまった。
「そ、そ、そい、とげるって……!?」
ずっと自分と一緒にいる、つまり、生涯のパートナーになる、要するに、“交際”を続けて、その最終到達点というべき“結婚”まで至るだけの覚悟を持っているか、と、そう訊かれたに等しい。
(お、おとうさん、いきなり、なにを、きいたりしてんの……!?)
頭の中が沸騰して、めまいを覚えた。男親としてそれが気になるのも分かるが、気が早いとしかいいようがない。
「わ、航は、なんて答えたの……?」
「“はい”と言った」
「!!??」
全く持って、なんの躊躇いもない航の答えであった。多分、本気でそう思っているから、即座にその回答が出てきたのだろう。
「わ、わかってんの? ア、アンタ、それって……」
自分より先に、親に向けて“結婚宣言”したようなものだ。交際し始めて、ひと月と経たないにも関わらず、初対面の挨拶で、そう宣言してのけたというのだから、結花が度肝を抜かされたのも無理はない。
「結花の気持ちが離れない限り、俺は、結花のことをずっと好きでいるよ」
「も、もおぉぉぉぉぉ!!」
やにわ、結花は航の身体にタックルをする勢いでしがみつき、そのまま両腕で胴回りに絡みつくと、そのまま強く航の身体を締め上げた。…想いが溢れ余ってしまって、航のことを抱き締めずにはいられなくなったのだ。
「ほんと、アンタって、わたしのことをいつもいつも、ドキドキさせるんだから!!」
胸が熱くて、航のことを見ていられない。頬がにやけてしまって、こんな顔を航には見せられない。
「わかってんでしょうね? そんなこと、言っちゃったら、わたし、絶対アンタのこと、こんなふうにして、一生離したりしないよ?」
「それこそ、望むところだ」
「わたし、面倒な女だよ? 浮気なんかしようもんなら、多分、死んじゃうよ?」
“アンタが”と言外にそう含ませて、結花は言った。
「覚悟している」
「航ぅ……」
ぎゅ、とさらに結花の腕に力が篭もる。
「結花……」
華奢な体つきなのに、全身のバネが強いのか、航は息苦しさが強まった。多分、浮気をしたら、この力で絞め殺されるんだろうな、と、益体もないことを航は思った。もちろん、そんなことは絶対しない。結花を悲しませるようなことは、絶対にしない。
「ね、航。キス、して…」
ようやく力が弱まって、顔を上げた結花は、そのまま素早く目を伏せた。盛り上がった気持ちを抑えようがなく、それを鎮めるためには“魔法”をかけてもらうしかない。
「ああ」
それは、航だけが結花にかけられる“魔法”なのだ。
航は、右手を結花の頬に添えると、少しだけ開いている結花の唇に、自分の唇を優しく重ね合わせた。
「………」
「………」
唇だけの触れ合い。しかし、触れ合った場所から伝わってくる想いの強さは、言葉では言い表すことの出来ない、強烈なイメージとなって湧き出ていた…。