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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第13話-8

「枡原投手と、カブスの川渕・大埜投手との投手戦とか、昔の映像で結果も分かっているのに、ものすごくドキドキしながら見ていました」
「ああ、あれな。いつも0対0のまま、延長に入って、中継が終わるまで点が入らないんだ。見ていてハラハラしたし、試合もスピード感があって、テレビの前では勝ち負けが分からないことばかりだったが、とても面白かった」
 紀一郎が、饒舌になってきた。なにしろ、その頃のガイアンズを熱狂的に応援していたのは、ほかならぬ自分自身なのだ。
「久和田も色々叩かれてはいたが、あの当時のストレートが一番鮮やかだったからなあ」
 糸を引いて、捕手の構えるミットに伸びていく、その球筋。テレビに釘付けになって、それを追いかけていた学生時代に思いを馳せる紀一郎であった。
「君もなかなか、通だな。わたしも、藤田監督の頃が、“地味”だと言われることがあろうとも、一番強かったんじゃないかと思ってるんだ」
 阪籐、桝原、久和田の、球界を代表するほどの三投手がそろって最盛期だった頃で、固い守備力も合わさって、当時のガイアンズは“憎たらしいくらいに負けない”チームだった。走・攻・守に洗練された、玄人好みの渋い野球をするチームでもあった。
「松島があの頃のガイアンズにいたら、完璧だったろう」
「自分も、そう思います」
 ガイアンズの4番に座り、球界を代表するスラッガーとして名を馳せた松島は、藤田監督の退任後、後を引き継いだ永嶋監督の1年目に入団してきた選手だ。今は海を渡り、メジャーリーグでプレーをしているが、唯一、4番に若さのある人材を得なかった当時のガイアンズに、もしも、その松島がいたとしたら、V9時代に匹敵するとまでは言わないが、相当に完成されたチームになっていたのは間違いないだろう。
「………」
 ふと、話が盛り上がっていたことに気がついて、紀一郎は今度は自分自身に対して、苦笑していた。いつの間にか、結花の彼氏であるこの青年と、野球談義で胸襟を開いていた自分に、滑稽なものを感じたからだ。
「航君」
「はい」
「結花のことを、よろしく頼むよ」
「はい」
 紀一郎は、その頭を深く下げていた。
 冷や汗を流して阿諛追従するでもなく、気負い込みすぎて空回りする様子も見せない。常に平然としていて、冷静なその姿に好感を持っただけでなく、同じガイアンズの、しかも、自分が一番好きだった頃のチームに憧れを抱くという、その若さに似合わぬ“玄人”じみたところにも、大きく共鳴した。
 簡単なことを言えば、話が合う相手を娘が連れてきてくれたことに、親として気分が良くなったのだ。そうなれば、男親として抱えている“わだかまり”などは、簡単に消えてしまう。
「今日は何ももてなしがなくて、すまなかった」
「いえ、お気遣いなく」
「近いうちに、また、寄りなさい。今度は、食事を一緒にしようじゃないか」
「はい。ぜひ、そうさせてください」
 対面は、これにて終了となった。
「紘子、結花。入りなさい」
 紀一郎は、少しばかり上機嫌になった声で、廊下に待っているであろう、娘と妻を呼びつける。
「お話は、終わりました?」
「ああ」
「あ、あの、お父さん……」
「結花。木戸君に、好物をきちんと聞いておきなさい。次に寄ってくれる時には、用意をしておくのを忘れないように」
「!」
 二度目がある、ということは、航は認められたのだと、不安顔だった結花は、瞬く間に喜色一面となった。
「そんなに嬉しそうな顔をするな。みっともない」
「な、な、べ、べつに、嬉しそうな顔なんて……」
「ほんと。さっきまで、泣きそうな顔になっていたんですけどねぇ」
「お、お母さんっ!」
 思わぬ両親の挟撃を受ける、結花であった。
「それでは、失礼します」
「うむ、気をつけてな。…結花、木戸君をきちんと送り出してあげなさい」
「はーい」
 もとよりそのつもりの結花は、航と連れ立って居間を出て行く。
「………」
 そんな娘の、嬉々とした後姿を目にして、今日で何度目になるのかわからなくなった苦笑をまたしても口元に浮かべる、そんな紀一郎の父としての姿であった。


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