☆☆☆-5
電車を降り、改札を出ると、音楽を聞きながら壁にもたれかかっている湊を見つけた。
「おう、お疲れ」
「お疲れ」
「んじゃ、行きますか」
湊の隣をチョロチョロ歩く。
金曜日とあって駅前は人でごった返している。
「どこ行く?ファミレス?」
人通りの少ない路地に入った時、湊の言葉に陽向はドキッとした。
夢の中で湊にフラれたのはファミレスだった。
絶対に行きたくない。
「いやだ!」
「そんなムキになんなよ。お疲れなんか?」
湊は陽向の頭をポンポンと叩き、「じゃ、いつものカフェ行くか」と言った。
いつもなら「は?じゃあお前決めろよ」とか言うくせに今日は何だか優しい。
逆に怖い。
「うん…」
「何か変だぞお前。…何かあった?」
「なんもない!」
「そ」
湊とよく行くカフェ『インディアン』は駅から少し離れた所にあった。
夜はバーにもなるオシャレな所だ。
金曜日なので混んでいるかと思えば、そうでもなかった。
ドアを開けると、顔なじみの小太りのマスターが笑顔で迎えてくれた。
「おっ、いらっしゃい」
「こんばんわー」
「どーもっす」
マスターはカウンター席に2人を案内すると、「新メニュー始めたんだけどどう?」と言ってメニューを見せてきた。
新メニューの欄には「肉じゃが」と書かれていた。
エスニック料理がメインのくせして新メニューが肉じゃがで陽向と湊は笑ってしまった。
「ははっ。肉じゃがって」
「うちの肉じゃがは美味いよー!」
「じゃあ肉じゃがー!」
陽向が言うと、マスターは「ありがとねー、ひなちゃん」とたれ目を更に綻ばせ、ニッコリ笑った。
「あと、ビールで」
「あたしもビール!」
「ちゃんと歩いて帰るって約束しろ」
「ちゃんと歩いて帰る」
「おし」
2人の会話を聞いていたマスターが爆笑する。
「仲良しだね」
「こいつ、酔っ払うとめんどくさいんすよ」
「確かにいつもハイテンションで帰ってくねー」
「あはは…」
「酒弱いくせしてめちゃくちゃ飲んで、結果、酒に飲まれてるのがオチ」
「うるさいな!」
「事実だろーが!」
2人の言い合いにマスターがまた笑う。
「あははは。今日はゆっくりしてってね。はい、これサービス」
そう言ってマスターが差し出して来たのはチーズの盛り合わせだった。
「わー!やったー!ありがとーございます!」
「あざます!」
それと同時にビールも運ばれてくる。
「んじゃ、乾杯」
「かんぱーい!」
「あのね、昨日嫌な夢みたの」
「どんな?」
飲み始めてから1時間が経った頃、陽向はほろ酔いで湊に言った。
「…ファミレスで湊にフラれる夢」
「ふーん」
「ふーんって何!何も思わないの?!大丈夫だよ、とか、俺はそんな事しない、とかそーゆー言葉もなし?!」
「ないね」
「なんでよっ!」
「俺がお前をフると思う?」
「わかんない…そんなの…」
「俺もわかんない」
「なにそれっ!」
「じゃあお前は俺をフらないって言い切れんの?」
「……」
小競り合いになると、いつも湊には敵わない。
いつもこうして黙りこくるハメになるのが悔しい。
「フらねーって事は、五十嵐陽向になるってことだな」
「へ?」
「マスター!ビールおかわりー」
陽向は酔っ払って赤くなった頬を更に赤くしてビールをちびちびと飲んだ。
「俺何か変なこと言った?」
「言ってない…」
「あそ」
どうも調子が狂って仕方ない。
でも、嬉しかったな…。
帰り道、ビールばかり飲んでいたからか、それとも疲れていたからか、陽向は湊に支えてもらわないと歩けないくらい千鳥足になっていた。
恐らく、圧倒的に後者のせいだ。
「…ったくお前は。ちゃんと歩けアホ」
「ぅうー…湊ー…」
湊のTシャツにしがみつき、ヨタヨタと歩く。
頭がホワホワして眠気が襲ってくる。
「眠たい…」
「家帰ってから寝なさい」
「湊のおうち……」
「はいはい」
やっとの思いで家に着くと、陽向はベッドに倒れ込んだ。
湊はバスルームに行き、今朝掃除したバスタブにお湯を溜め始めた。
「陽向、生きてる?」
「生きてない…」
湊が陽向にのしかかると、陽向はケタケタ笑った。
「ホント、楽しそーに笑うよな、お前って」
「そう?」
「ん」
湊は陽向を抱き起こして、前から抱き締めた。
陽向も、湊の首筋に腕を回してぎゅっと力を込めた。
目を閉じると、湊の鼓動が聞こえてくる。
「湊…」
「ん?」
「なんでもない」
「なんだそれ」
湊は笑って陽向のほっぺたを両手で包んだ。
慈しむような繊細な手つきで撫でられる。
「顔が疲れてる」
「だって疲れてるもん」
「これからもっと疲れるよ?」
陽向は手の甲を口に当ててヒヒッと笑った。
額と額がコツンとぶつかる。
甘い予感が身体を駆け巡る。
湊は目を伏せると、陽向の唇にやわらかいキスを落とした。
「ひなも…俺にキスして」
湊にたまに「ひな」と呼ばれるとキュンとなる。
広い背中を抱き、形の良い唇に自分のそれを重ねる。
後頭部を軽く掴まれる。
湊は陽向の上唇を舐め、吸い上げると、口腔内に舌を差し込んで激しく舌を絡めた。
陽向も、それに必死に応える。
「ぁ…ん…」
仄かに香るアルコールの匂いが鼻腔を刺激する。
湊の手がシャツの下から滑り込んでくる。
優しく身体を撫でられると、触れられた部分の肌が敏感になって熱を帯びていく。
抱き合ってキスに没頭していると、廊下でお風呂が沸いた事を告げるアラーム音が鳴り響いた。
「風呂が先な」
湊は陽向の狭いおでこにキスをして、優しく頭を撫でた。