返却-1
パーカーを返そう、とようやく決意したものの、未だ実行に踏み切れずにダラダラ補習を過ごす日々。
防虫剤臭いパーカーをもう一度洗濯し直して紙袋に入れ、毎日学校に持っては来るのだけど、やはり自分を無視している人に話しかける勇気は、なかなか出せなかった。
土橋くんと口をきかなくなるよう仕向けたのは私の方からだったから、余計に話かけづらい。
私一人が焦ったりヤキモキしている中、補習だけは無事進んで、残す所は今日と明日のみ。
土橋くんと同じ補習クラスになったからと言って、席も離れているし、共同作業があるわけでもないし、先生が淡々と授業を進めていくだけなので、授業自体は気が楽だった。
辛かったのは休み時間とか下校の時で。
いかに自分が、彼の中に存在していないかをまざまざと見せつけられているような気がするからだ。
実際、歩仁内くんがあのよく響く声で“桃子ちゃん、桃子ちゃん”なんてしょっちゅう話しかけてきても、アイツは私達の方を一切見ることなく友達と楽しそうに話していた。
もはや彼の目には、私の姿なんて見えてないんじゃないかと言うほどの完璧な無視っぷりで。
他人よりも遠い存在になってしまった彼に、パーカーを返すのは想像以上に至難の業だった。
大山くんに頼んで返してもらおうか、とも何度も考えた。
でも私も忘れてしまうほど借りっぱなしにしていた服を、他人任せで返すことはすごく失礼な気がしたので、結局大山くんにお願いすることはなかった。
それに、自分で返すことで彼への気持ちを断ち切らなければいけないような気がしたし。
でも、勇気を出せなくて云々……と言うのは前述の通り。
◇ ◇ ◇
そうこうしてるうちに迎えた補習最終日。
やっぱり直接返すのは無理だと悟った私は、昨夜考えた作戦で行こうと決めた。
パーカーを入れた紙袋に“パーカーありがとう。返すの遅れてごめんね”と書いた手紙を一緒に入れた。
これを土橋くんの下足ロッカーに入れておくのだ。
ただし、彼が登校して上履きに履き替えた後に入れて置かなくてはならない。
もし彼が登校してすぐに紙袋の存在に気付いたら、最後の補習はとてもじゃないけと彼の反応が気になって、手がつけられなくなりそうだからだ。
「あれ? 桃子ちゃん、どこ行くの?」
補習最終日の一時限目の英語が終わった所で、ガタッと席を立った私に、今日も爽やかな歩仁内くんが声をかけてきた。
「うん……。ちょっと喉乾いたからジュース買ってくるね」
ジュースの自販機は下足ロッカーのある昇降口に設置されてるから、ちょうどいい。
「あ、んじゃおれも行こうっと」
歩仁内くんもおもむろに立ち上がったので、私は慌てて、
「あ、沙織のクラスに寄って行くからさ。なんなら歩仁内くんの分も買ってくるよ」
と、彼を制した。
「ふーん……。ま、いいや。そんじゃいちごオレお願いしていい?」
歩仁内くんは訝しそうな顔を私に向けたけど、別に追及するわけでもなく、鞄から財布を出して、私に百円玉を渡した 。
私は廊下に出てコートと一緒に掛けていた白い紙袋をそっと持つと、一目散に階段を駆け降りた。