☆☆-4
気付いたら眠っていた。
どのタイミングで寝てしまったのかわからない。
画面には¥マークが大量に打ち込まれている。
最悪だ。
やる気も失せ、かなりのスローペースで¥マークを消していく。
ふと時計を見ると1時を回ったところだった。
なんで自分ばかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ…。
陽向はウトウトしながら原稿の作成を再開した。
ダメだ、頭がまわらない。
帰りたい…。
みんなもう寝ているんだろうな。
あたしだって寝たいよ…。
考えているうちに、ありえないほど強烈な睡魔に襲われる。
ちょっとだけ…と自分に甘えてしまいたくなる。
でもここで寝てしまったら、朝まで起きれない気がする。
陽向は自分を奮い立たせ、パソコンの画面を見つめた。
また、睡魔に襲われる。
何度も何度もウトウトしては起きてを繰り返す。
本格的に泣きたくなってきた。
陽向は自分の頭を思い切り叩き、両手で顔を覆った。
もう…いやだ…。
その時、頭の上にコツンと何かが乗っかった。
振り向くと、コーヒーの缶を手にした湊が立っていた。
…夢?
疲れ過ぎて幻覚を見ているのだろうか。
こんな時間に湊が図書館にいるはずがない。
なんで…。
「な…なんで?本当に…湊?」
「相当疲れてんね。大丈夫?」
湊は心配そうな顔をして陽向の顔を覗き込んだ。
「今日、会う約束してたの覚えてた?」
「あ…」
大切な約束を忘れていた。
二週間置きに会う約束で、今日はその約束の日だ。
そんなことすら忘れていた。
最低だ…。
「ごめん…」
「家いても全然帰ってこねーし、メールの返事もねーし、電話も繋がんねーし。…ま、ここにいちゃ電波ねーし繋がんねーか」
湊はヘラヘラ笑った。
「なんでここにいるって分かったの?」
「それは秘密」
湊は優しく笑って陽向の隣の椅子に座った。
コトンとコーヒーの缶が机に置かれた音が、何故だか大きく聞こえる。
「お前1人でずっとやってたんか?」
コクっと頷く。
「他のやつらは?」
「終電で帰った」
「そ」
陽向はボーッとパソコンの画面を見つめた。
「陽向?」
「えっ?」
「クマすげーぞ。…マジで大丈夫?」
大きな手のひらで髪に触れられる。
疲れているからか、湊に会えて嬉しいからか、約束をすっぽかしてしまった罪悪感からか、自分でも驚くほどの早さで涙腺が緩んでいった。
「大丈夫じゃ…ない…」
陽向はその場で涙を零した。
「お疲れだな」
湊は陽向を自分の脚を跨がせ座らせると、前から優しく抱きしめた。
陽向は湊の腕の中でわんわん泣きじゃくった。
みんな何もしてくれない。
全部人任せ。
パワーポイントだって、原稿だって全部自分で作った。
実習が辛いのはみんな一緒だけど、なんであたしばっかりこんな辛くなきゃいけないの。
でも自分ばっかりって思って、心の中でみんなを罵る自分がムカつく。
もう、疲れた。
こんな自分大っ嫌い。
誰にも優しく出来ない。
優しくなれない。
約束守れなくてごめんね、湊。
嫌いにならないで。
陽向は泣きじゃくりながら湊に全部話した。
湊は黙って聞いていた。
「…っう。ごめんね…湊…」
「お前さ、全部1人で背負いすぎなんだよ」
「だって…みんなやってくれないんだもん…」
「そーゆーやつらは、心を鬼にして言ってやんなきゃわかんねーんだよ」
「言えないよ…。偉そうにって思われて終わりだよ」
「それで終わったらどーしよーもねーな」
湊はケラケラ笑って、陽向の涙を親指で拭った。
「リーダーシップってのは、嫌われてなんぼだよ。一人一人の事なんて考えてたら、上手くまわらなくて当然。みんなが少しずつ我慢しなきゃなんねーの。でも、リーダーが全部背負うのはちげーだろ」
「湊にはあたしの辛さなんてわかんないんだよ!みんながやってくれないから、毎日毎日疲れてんのに1人で全部やって…」
「1人で全部やろーってのが無理があんだよ。責任感強いのはいーことだけどさ、協力しねーとこーやって1人が辛い目に遭うんだよ。だから、他に言うやつがいなきゃお前が指示しなきゃいけねーの。今だけじゃなくてこれからもそう。言葉に出して言わなきゃ誰もわかんねーんだよ。お前がこーやって泣きながら資料作ってんのも、みんな知らねーだろ?」
湊は半ば怒り気味に話した。
「優し過ぎなんだよ、お前は…」
ため息をついた後、優しく抱きしめられる。
「でも、よく頑張ったな。偉いよ」
一番言って欲しかった言葉だったのかもしれない。
認めてもらいたかったんだ。
報われない頑張りだと思っていた。
発表会が終わればゴミと化すこの資料たちも、少しは報われたんだ。
たったこの一言で。
陽向はその言葉を聞いて再び涙を流した。
「泣くな陽向。明日発表なんだろ?つーか終わったの?」
「まだっ…」
「早く終わらせて帰るぞ。…終わるまでここにいてやるから」
湊は近くにあった陽向のタオルで涙を全部拭い、唇にちゅっとキスをした。
「続きは明日の発表終わってからな」
陽向が恥ずかしそうに微笑むと、湊も笑顔になった。
「元気出た?」
「ちょっとだけ」
「うし、じゃあこれ飲んで頑張れ」
湊がコーヒーの缶を開けてくれる。
一口飲むと、温かさと優しさがすっと滲んで身体に広がった。