『SWING UP!!』第12話-21
奇妙な空気に、居心地の悪さを感じた清子は、その原因となった岡崎に食って掛かった。
『まーちゃんが、ウチの名前なんか、書くからや!』
途中から、泣き声になったのは、自分を信じきれない弱さに、情けなくなったからだ。好きになっていた相手に、自分の名前を書いてもらって、本当は嬉しかったというのに…。
『あんなの、ウソなんやろ!? まーちゃん、ホンマは、別に好きなコ、おるんやろ!?』
他のチームにも、“Wマドンナ”として名高い二人の美人マネージャーが、両名とも岡崎に片思いをしているらしいことも、同じ女子である清子にはわかっていた。それだけに、岡崎が自分に好意を抱いてくれていることが、信じられなかった。
『ウソじゃない』
『ウソや!』
『ウソなもんか』
『ウソ!』
傍から見れば、痴話喧嘩以外の何物でもない応酬であった。
『うーん』
岡崎は、どうあっても信じてくれない清子に対して、実力行使に出た。
『!?』
清子の身体を、抱き締めたのである。
『ま、ま、ま、まーちゃん!?』
朴念仁だとばかり思っていた岡崎の、あまりにも積極的な行為に、清子は唖然呆然として、その腕を振り払うこともできなかった。
『信じてくれるか?』
『なに、を?』
『俺が、清子のこと、好きだってことを、だ』
『ま、まーちゃん……アンタ、ホンマ、アホやわ……』
あらかじめ断っておくが、このやり取りは、グラウンドでのことである。つまり、チームメイトの誰しもが見ている目の前で、岡崎は清子のことを抱き締めているのだ。
『清子、信じてくれるよな?』
『う、うん……ウチも、まーちゃんのこと、好き、や……』
遠くで、“エンダァァァァァ!”とかいう叫びが聞こえたが、それも耳に入らない様子で、二人はしばらく、ひとつになっていた。
長く語り継がれる“伝説”にもなったこの件以降、完全に、岡崎と清子はリトル・リーグ内はおろか、校内・町内至るところで有名な“全世界公認のベスト・カップル”になった。
清子が、簡単にまとめるだけだったその赤茶けた髪の毛を、三つ編のお下げにし始めたのも、この頃からだ。それだけで、女の子らしく、大化けに化けた清子の姿を、他のチームメイトたちは、信じられない様子で見ていたものだ。
『清子』
『まーちゃん』
絶対に、綻びの気配さえ見せなかった“全世界公認のベスト・カップル”の二人…。
だが、別れは2年と経たずにやってきた。岡崎の、東海地方への転校である。
その話を初めて聞かされたとき、清子は大泣きに泣いた。“まーちゃんだけ、こっちに残れんの?”と、わがままも言った。だが、いつもの様子で、“すまない”とだけ言う岡崎の姿に、清子は、無力と非力を思い知らされ、彼の腕の中で大いに泣いて、泣き止んだときは、自分の感情に完全に“けり”をつけていた。
『ウチ、遠恋する自信ないし、これで、“お別れ”にしよ?』
交際関係を断ち切るという、決意であった。
『まーちゃんやったら、ウチより可愛くて、ええ人が見つかるさかい』
泣きながら笑って、清子はそう言った。
『ウチもな、まーちゃんよりカッコよくて、ええ人を見つけるさかい』
最後の方はもう、泣き声で聞き取れないほどだった。
『さよなら、まーちゃん』
別れに交わした、最後のキスは、涙の味がした…。