『SWING UP!!』第12話-19
「まーちゃん、お茶、入ったで」
アパートに戻るなり、買出しで手に入れたものを冷蔵庫に詰めつつ、沸かしておいた湯で、茶を入れる清子。
(む、うまい)
急須がないので、Tパックのインスタント緑茶ではあったが、人の手によって煎れて貰っただけで、味がこれほど上昇するとは、岡崎としても思いも寄らないことだった。
「あ、見てみ、まーちゃん」
清子が指差すテレビ画面では、今日のプロ野球の結果を伝えるニュースが流れていた。中継は丁度、“神宮球場”で行われていた、リクルト・イーグルスの試合経過について、リプレイを交えながら、説明しているところだった。
「ウチら、あそこで、試合するんやね」
「そうだな」
明治神宮が所有権を持つこの“神宮球場”は、“杜の球場”とも言われ、リクルト・イーグルスの本拠地であることはもちろんだが、学生野球ひいては、アマチュア野球の“聖地”として、古い歴史を持っている。
西の“甲子園球場”と双璧を成す、野球選手として一度はそのグラウンドに立って、プレーをしたいと熱望させる球場である。内外野に敷き詰められた人工芝がとても美しく、青いスタンドと併せて、色彩が鮮やかなところも、特徴のひとつだ。
「楽しみやわ…」
試合の経過を追いかけながら、清子の表情は恍惚としていた。あの場所に立って、プレーをしている自分を思い起こしているのだろう。
「あ、イーグルス、負けとるやんけ。もう、しっかりしいや!」
関西出身だが、清子の贔屓はイーグルスなのである。だからこそ、その本拠地である“神宮球場”で試合が出来ることに、興奮を隠し切れないでいるのだ。
「まーちゃんと勝負できるのも、楽しみのひとつや」
「そういえば、そうか」
お互い、チームは東西に分かれている。清子には間違いなく、登板の機会があるだろうから、打順のめぐり合わせにもよるが、対戦の可能性が非常に高い。
「リトルの“あの時”以来やな。ガチで、やりあうんわ」
「そう、だな……」
ふと、十年近く前の記憶に触れる。
小学校6年の始まりとともに、岡崎が転入をしてきて、そのときのクラスメイトだった清子は当初、あまり口も開かない、むっつりとした様子の彼を、ほとんど意識していなかった。
ところが、運動全般でいずれもクラスのトップに立つ彼の姿を見て、“いっしょに、野球せえへん?”と、所属しているリトル・リーグのチームに誘いをかけるようになった。清子の関心は、その見てくれよりも、運動神経に行っていたので、眼鏡に叶った岡崎は、早速とばかりに、リトル・リーグのチームに引っ張られた。
それまでグラブもバットも、手にしたことのなかった岡崎少年だが、運動神経に抜群のセンスを持っていた彼は、たちまちにしてリトル・リーグの中で頭角を現し、中学生を押しのけて、レギュラーに抜擢されるほどであった。
かたや、誘いをかけた清子は、女の子ということもあってか、ベンチ入りすらさせてもらえない状況にあった。岡崎少年は、それがとても不思議で、チームの監督に何度も、彼女の実力をちゃんと見て欲しいと嘆願するようになった。岡崎少年が他人のために、自ら動いたのは、おそらく初めてのことで、それだけ清子に対する気持ちが、高まっていたのだろう。
誰からも認められ、チームの主力になっていた岡崎の嘆願を入れる形で、その監督は紅白戦を組み、“控え組”の先発に清子を立てた。“レギュラー組”に入っていた岡崎は、思わぬ形で清子と対戦することになったのである。
『まーちゃん。手加減したら、ウチ、まーちゃんとは絶交やからな』
試合直前に、岡崎少年にかけられた、清子の言葉である。この試合は、清子にとって千載一遇の好機だ。結果を出せば、認められるだろうが、出せなければ、おそらくはもう日の目を見ることはないだろう。
岡崎少年の“迷い”を察した清子は、彼に発破をかけて、真剣勝負を望んだのだ。