『SWING UP!!』第12話-17
用意を整えて、着替えやすいようにジャージ姿になった二人は、そのまま部屋を出て、三区画先の“ざぼん・じゅーる”という名の銭湯へ向かう。
この辺りはアパートの多い区画でもあり、それもあってか、23時辺りまで開店している銭湯が、歩いていける距離にあるというのは、岡崎としてもありがたい話であった。
「ほな、まーちゃん。また、あとでな」
「あ、ああ」
「“神田川”にならんようにな」
「お、おう」
洗い髪が芯まで冷えないように、1時間後に出入り口で待ち合わせをするのを、二人は忘れなかった。
(1時間……)
ふと、岡崎はその時間の長さを思った。
(女は長湯とよく言うからな…)
男湯の脱衣所で、ロッカーに脱いだ衣服を押し込む。壁を隔てた向こう側では、清子が同じように、服を脱いでいるのだろう。
(む、いかん)
鍛錬すべき平常心を、早速乱しにかかってきた己の欲望(清子の裸の妄想)に、岡崎は、それを隠すため、銭湯でもあることから“湯気”のイメージを覆い被せる。
(う)
女の裸に湯気が重なると、逆にエロスの溢れる光景となって、煩悶が強くなってしまった。それは岡崎らしくない、明らかなミスリードであった。
「あ、岡崎じゃないか」
「!」
ふと、声をかけられて、思わず岡崎は肩を震わせた。“湯気の中にいる、裸の清子”という脳内妄想を覗かれた気がして、勢い込んで振り向いたところ、そこには同期生の栄村がいた。
栄村は、岡崎の住むアパートと、この銭湯を挟んで、少し遠目の区画に住んでいるのだが、ここ“ざぼん・じゅーる”の“お得意様カード”を持っているぐらいによく利用しており、顔をあわせることも少なくない。
週末に休みを入れられることから、鍛錬も兼ねて、土木現場でアルバイトをしている栄村は、その汗を流しに“ざぼん・じゅーる”へやってきたのだろう。既にタオルを腰に一丁巻いている姿の彼は、意外に筋肉質な体つきをしていた。
「ど、どうしたんだよ」
振り向きざま、にらむような表情の岡崎を見て、栄村は、“何か悪いことをしたかな”と及び腰になっている。もちろん、何も悪いことはしていない。
「い、いや、すまん」
だから、岡崎は、すぐさま詫びを入れた。
せっかくなので、二人でそのまま、“浴場の住人”となる。時間帯を選ばず、中には常に人がいて、この銭湯の需要の高さを窺い知ることが出来る。
身体を洗ってから、湯船に漬かる。タオルをお湯に入れないように、畳んで頭に載せているそのスタイルは、まさに“銭湯の住人”というべき姿であった。
「週末だったよな」
不意に、隣の栄村が切り出してきた。
「“神宮球場”で、選抜チームでやる試合。岡崎なら、選ばれるだろうなって、思ってたよ。頑張ってこいよな」
「ああ、ありがとう」
チームへの貢献度、という意味では、地味ながらも四球で出塁したり、100%に近い確立で送りバントを成功させる栄村も、負けていないと岡崎は思っている。
『いやあ、俺はさ、屋久杉や岡崎に、引っ張られてきたようなもんだからさ』
栄村は、決まってそう言うのだが、途中で離脱をすることもなく、ここまで軟式野球部の活動に付き合ってくれたのだ。それがどれだけ、ありがたいことだったか…。
「後輩にすげえヤツらも来たしな。野球って、やっぱ、やるだけじゃなくて、勝つと面白くなってくるもんだな。高校のときは補欠にも入れなかった俺だけど、大学じゃ野球で随分と、いい思いをさせてもらってる気がするよ」
“高校野球の経験者”ということを何処から嗅ぎつけたのか、雄太と岡崎の必死の勧誘を受けて、不承不承、参加した初年度は、思うに勝ち星を重ねられず、2年目も目標を達成することは出来なかった。
3回生を迎えるに当たって、留守と植田が、就職活動を交えた大学生活に専念するため、軟式野球部から離脱をしたとき、実は、栄村もそれを考えていた一人だったのだ。
「あの時、留めてくれて、感謝してるんだ」
それを、必死に留めたのは、岡崎だった。岡崎は、栄村の篤実な性格と、堅実なプレーを一際買っていて、できることなら一緒に活動を続けたいと、彼に翻意を促したのだ。
必要とされれば、それに応えたくなる。栄村は、岡崎の説得を受け入れて、野球部の活動を続けることにした。それがそのまま、ここまで来ることになった。