リビドー-1
◇
その夜。
夕食を済ませ、それぞれ風呂にも入り終えた俺と兄貴は、広いリビングのソファーに座りながら、大して興味もない二時間ドラマを観ながら寛いでいた。
よく冷えたコーラを飲みながら、親父から失敬した煙草をふかす。
家族団欒の場であるこのリビングで堂々とこんな真似ができるのは、正職員として仕事をバリバリこなす看護師の母が夜勤の時だけなのだ。
父は毎晩終電に揺られて帰ってくるのが常だから、問題なしだし。
父も母もあまり家にいないからこそ、俺は今日みたいに堂々と女とセックスができるわけだし、つくづく恵まれた環境にいるんだな、と改めて実感する。
風呂に入ったばかりだというのに、すでに煙草臭くなってしまった俺は、今日のゆかり先輩の痴態を思い出しながら兄貴に向かって口を開いた。
「兄貴」
「ん?」
「鶴田(つるた)ゆかりって知ってる?」
「鶴田……? ああ、D組のだろ」
兄貴はそう言って、テレビからこちらへと視線を移す。
煙草を吸わない兄貴からは、シトラスのシャンプーの匂いがふわりと香った。
「そのゆかり先輩が今日家に来た」
「へえ、なんでまた」
白々しいその態度に、苦笑いになる。
知っててすっとぼけてんだろ、コイツは。
「ゆかり先輩、兄貴とオトモダチになりたいんだってさ」
「ああ、パス」
あまりの即答ぶりに、思わずコーラを吹き出しそうになった。
「少しは悩めって、オトモダチでいいんだぞ」
「だって、無理だもん、ああいうタイプ。美人は美人なんだけどな」
兄貴は人当たりがいい反面、頑固なとこがあるから、一度無理だと言えばそれは覆ることは、まずない。
後先考えずに、ゆかり先輩からの頼まれごとを引き受けてしまったことを悔やんだ俺は、髪の毛をグシャリと握りしめた。
「どーしよ、ヤることヤッちまったってのに……」
「そりゃお前が悪いだろ。女の子の頼みを全部聞いて、いちいちオトモダチになってたら、こっちの身が持たないっての」
手厳しいことを言いつつも、兄貴はケラケラ笑って俺がクサる様子を楽しんでいるようだった。