リビドー-2
「つーか、兄貴ってホント無欲だよな。こないだもオトモダチになりたがってた2年の女も結構いい線いってたのに、断るなんてさ」
まあ、ソイツも俺がおいしくいただいてしまったわけだけれども。
「ああ、そうだっけ」
「少しは相手にしてやんねえと、変な噂がたっちゃうぜ? “風吹徹平はゲイじゃないか”って」
俺がニヤニヤしながらそう言うと、兄貴も口の端だけをクッと上げてニヤリと笑い返す。
「ふざけんなよ、オレはゲイじゃないって」
「こないだの女に言われたんだよね、兄貴があまりにも女と関わらないから、“徹平さんってもしかして女に興味ないの?”って」
「……まいったなあ。オレ、ちゃんと女の子が好きなのに」
そう言って兄貴はポリポリ頬を引っ掻いた。
「じゃあ、どんなのがタイプなんだよ?」
俺の問いに、兄貴は視線を天井に向けてからテレビに移すと、
「あ、オレこういう娘がタイプ」
と、50インチの液晶画面にアップで映る一人の女を指差した。
サラサラの黒髪ストレート。そして陶器のような白い肌。小さな顔に一際印象深い少し垂れ気味の大きな瞳を持つその姿は、小さくて、儚くて、守ってあげたくなるような、美しい女だった。
「あ、壬生柚香(みぶゆずか)じゃん」
若手実力派女優と呼び声も高い彼女は、抜群の演技力と、その容姿の美しさもさることながら、どんな役でも嫌な顔一つしないで引き受けるという姿勢の低さからテレビに映画、果ては舞台まで引っ張りだこの人気女優だった。
「うん、オレこういう娘が好み」
そう言って、兄貴はテレビの中の壬生柚香を目で追っていた。
サスペンスかホラーものなのだろうか、暗がりの廃墟を一心不乱に逃げ続ける彼女の背後でおどろおどろしい音楽が、緊迫感を増長させていた。
「うーん、俺と好みが被ってる」
「マジか、さすが兄弟だな」
そう言って笑い合うけど、もし同じ女を好きになったら勝ち目はないだろうな、なんて不安がふと俺の胸をよぎった。
チャラついた女遊びなんて一切しないヒーローの兄貴と、兄貴目当ての女をうまい話で釣って片っ端から食いまくるヒールの俺。
恋なんてキラキラしたものが相応しいのは、言葉にせずとも答えは明らかだった。