22 夜ふけの密会-2
「――お久しぶりです、アレシュさま。ご好意に甘えさせて頂きました」
とても気まずそうな表情で、カティヤが敬礼する。
「ああ……」
答えながら、アレシュはキョロキョロ室内を見渡した。
寝台と机、小さな書棚と衣服入れ……華美ではないが質素すぎる事もない、ありふれた小さな部屋だった。
壁際にカティヤの槍が立てかけてある所から、ここは彼女の宿舎なのだろう。
オーク材の扉は閉まり、窓にも鎧戸が降りているが、カティヤは団服をきっちり着込み、しゃんと立っていて、閉じ込められている様子でもない。
物騒な刃鳴りも悲鳴もなし。
「えーと……元気そう……だな?」
なぜ自分を呼んだのかわからず、とりあえず言葉を濁した。
「はい。アレシュさま達も、お変わりございませんか?」
「ああ、俺もエリアスも元気でやっている。それで……どうかしたのか?」
思い切って尋ねると、カティヤの肩がピクリと揺れた。空色の瞳が、そわそわ揺れ動く。
「明日、竜騎士団は揃ってストシェーダ使節団をお迎えします。その……アレシュさまをお迎えしても動じないように、予行演習をさせて頂きたいと……」
予想もしなかった答えに、アレシュはあんぐり口を開け、しばらく声も出ないままカティヤを凝視した。
「アレシュさま……?」
「は……あはははは!!!」
思い切り笑い転げた。
「なんだ、俺はもっと深刻な状況かと……あはははははっ!!!」
「わ、私にとっては深刻なのです!もし少しでも動揺したら、過保護な兄はきっと、貴方が王都にいる間中、私を部屋に閉じ込めます!」
「あははは!!それは確かに……くくくっ、大変だ、はははっ!」
「笑い事ではないのです!実際、迎えの隊列から私を外そうと、あの手この手で……」
気が抜けた反動か、カティヤが怒れば怒るほど、笑いが止まらない。
「くく……それで、予行演習は何をすればいい?」
目端に涙を浮かべ、ふくれっつらのカティヤに尋ねる。
「もう結構です。笑い飛ばして頂き、かえって気が楽になりました」
竜の姫騎士は小さく息を吐き、可愛らしい唇に穏やかな笑みを浮べた。
「わざわざお呼び立てして、申し訳ございませんでした。明日のご来訪を、心よりお待ち申しております」
「今ここにいるのに、わざわざ明日出直すなんて、これだから国事は厄介だ」
アレシュがぼやき、今度はカティヤが笑うほうだった。
ゼノでも何度かカティヤの笑顔は見たが、この部屋での笑顔は、より輝いている気がした。
多分、このしっくり馴染んでいる空気が、そう感じさせるのだ。
(呼んでくれて助かったのは、俺のほうかもな……)
アレシュはそっと思った。
重苦しい濃霧がすっきり晴れていくようだ。
順調だったカティヤの暮らしを引っ掻き回し、悪戯に過去を思い出させ、半端に傷つけた自覚が十分にある。
王都で再会しても、もう気まずくぎこちない表情しか見せてくれないのではと、勝手に悪いほうにばかり考えていた。
きっと明日は晴れ晴れとした気分で、ストシェーダ代表として王都を訪問できる。
カティヤもナハトに乗り、堂々と出迎えてくれるだろう。
それが二人の、現在あるべき姿だ。
「カティヤ……」
思わず、くすくす笑っている小柄な身体を抱き寄せてしまった。
「っ!?」
「……呼び出し料金だ」
諦めきれないと叫ぶ心に無理やり蓋をし、額に軽く口づけた。
身体を離し、宿の部屋をイメージして魔眼を光らせる。
額に手を当て呆然としているカティヤに手を振った。
「おやすみ。またいつでも呼んでくれ」
これ以上いたら、また泣かせるような事をしてしまいそうだった。