食べ残し-1
帰宅は午前2時きっかり。
車の中に居た男は女の帰宅を見届けると、すぐにイヤホンを付ける。
『はぁ〜…』
女の声がイヤホンから流れてくる。男は興奮する。
バッグを床に放る音。
服を脱ぐ衣擦れの音。
ベッドに倒れ込む音。
何日も何ヶ月もこの女を見てきた男。
彼女と《話した事》は一度もない。
自分がストーカーになっている事の自覚はある。
そして彼女の全てを知っていると自負している。そう、彼女の次にする行為だって――。
『ん…ぁ…はぁ』
甘い吐息がイヤホン越しに耳に伝う。まるで耳元で囁かれているかのように。
『この癖…直さなきゃなぁ…んっん…』
男は隆起した一物を扱き出す。
「はっはっ!」
『ぁ…ダメ、声が…』
「はぁはぁっ!」
『んぅ…興奮してるの?』
「はっはっ…」
『いつまで続けるの?こんな事…』
何だ?
男は一物を掴んだまま動きを止める。
いつもと違う。彼女はまるで誰かに語りかけているように言葉を漏らす。
『声だけじゃなくて…見てよ』
まさか――バレてる!?
男の肝が冷える。
『…ねえ見てよ』
男は反射的に女の居るマンションに目を向けた。
彼女の部屋の灯りは消えている。
『聞いてるの?どこ、見てるの?』
息を殺し、灯りの消えた部屋を注視する。
部屋からは出ていない。部屋に仕掛けた盗聴器から彼女の声を拾っているのだ。
『いつまでそうしてるの?ねぇ』
ここから離れるべきか?そもそもバレているのか?
判断が付かない。
彼女は誰に話かけているのか?
しかし他の人間が話してる素振りは無い。
電話か?
否、電話の音もバイブ音も聞こえなかった。
自慰行為の妄想を口にしてるだけか?
『忘れたの?』
――忘れた?
『私に』
――何だ?
『何をしたか』
――頭が痛い
『見てよ』
――こめかみが痛い
ルームミラーを見ると、そこに彼女が居た。
眼球から血を流し、孔という孔からゴポゴポと血液が流れ出る。
『見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て』
――あ、そうか。
こいつは…。
まだ冷蔵庫に肉が残ってたの忘れてた。
ごめんごめん。
ちゃんと食べるよ。
完