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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』第11話-56

「さて、戻るか」
 やがて周囲に静寂が戻ったとき、それまで腕を組んでいた隼人は、その腕を解くや、左手で響の右手を優しく包みこんで、そのまま軽く握り締めた。
「に、にぃにぃ……」
 少し驚いたような表情をした響だったが、すぐに自分も、握られた右手に力を込めて、隼人のたくましい手のひらの感触を、その手一杯に確かめていた。
「こうするのも、なんだか懐かしい感じがするな」
「うん……」
 先代御院に手を引かれて、隼人が初めてこの“安広寺”にやってきたとき、その手を真っ先に握ったのは、響だった。
「あの時は、俺が引っ張られる方だったっけな」
「そう、だったかも」
 同年代の子が、寺にやってきたことが響は嬉しかったのだ。すぐに隼人のことを、“にぃにぃ”と呼び慕うようになり、二人で“安広寺”を所狭しと駆け回っていたものだった。
 今では信じられないことだが、当時は身長も、響の方が高かった。一学年上にあたる隼人のことを、言葉の上では“にぃにぃ”と呼んでいたが、お姉さん風を吹かせることも多々あり、楓たちはそれを見て、よく笑っていたものだ。
 隼人は中学生になる頃から、一気に背が伸びて、体格も良くなってきた。それを、羨望と寂しさを込めて、響は見つめてきた。
 同時に、隼人が男子であり、自分が女子であるということも、意識するようになった。繋いでいた手はいつしか離れ、微妙な距離が、二人の間に入るようになっていった。
 そして、隼人が今で言う“立志”となる十五のときを迎えると、先代の御院から、二人を“許婚”として考えており、将来は夫婦として、“別院”を独立させて譲るつもりであると教えられた。また、この日から、“上の宿坊”で、二人は起居するようにとも、申し付けられた。
 降って湧いたような、環境の変化であった。ただ、その前後にはもう、隼人は自分の立ち位置を理解していたようで、特に驚く様子もなく、その変化を淡々と受け入れているように、響には見えた。
 …将来は、隼人と夫婦になる。
 純粋な意味として、響にとってそれは、とても嬉しいことだった。しかし、思春期の最中でもあり、複雑な心境を抱いていた時期でもあったので、なかなか素直な感情を隼人に見せることが出来なかった。
 “にぃにぃ”と呼んでいたのはいつか、“隼人兄ぃ”に変わっていたが、“許婚”とはいえ、何処か“兄妹”という一線を、その呼び方でも持ち続けていた。隼人も、そんな響の心情を知っていたか、その距離を強いて縮めるようなことはせず、しかし、その優しさと愛情は、間違いなく“兄妹”を越えたところで響に注がれていた。
『響を、俺の女房にする。それは、誰にも譲れない』
 事あるごとに、隼人が口にする言葉だ。それを聞くたびに、響は全身が熱くなって、胸の奥から湧き上る疼きを抑えられなくなった。
『自分の操は、隼人に捧げる』
 そんな決意を、誰に言うともなく響は胸に秘めて、隼人と共に時間を過ごしてきたのだった。
「………」
 隼人に手を引かれながら、“安広寺”の境内をゆっくりと巡り歩く。からころと石畳の上で鳴る下駄の音が、そよ風に揺れる木々のざわめきとこだましあって、この世界にまるで二人しかいないような、そんな気分にさせてくれた。
 境内を抜けて、“上の宿坊”に向かうため、“五十階段”にさしかかる。
「響、足、気をつけるんだぞ」
「うん、にぃにぃ」
 慣れない下駄を履いているから、いつもなら素早く駆け上がるその階段も、一歩一歩ゆっくりと、踏みしめるようにして、隼人と一緒に昇っていく。
 手を繋いだまま、時間をかけて段を昇り、時々立ち止まっては風の音に耳をそばだてて、そしてまた、段に足をかける。
 それを繰り返して、いつもの数倍以上の時間を要して、二人は上の御堂に辿りついた。
「さて…」
 隼人が、それまで繋いでいた響の左手を、不意に解放した。響の胸に宿った猛烈な寂しさは、言葉では言い表せない。
「俺はちょいと、一休みするぜ」
 ふわ、と隼人は伸びをしながら欠伸をしていた。試合を終えて帰って来てから、双葉大学のメンバーたちをそれぞれに送り出して、一息ついたところで、急に、眠気が襲ってきたのだろう。
「起きたら、夕餉にしような」
「うん、隼人兄ぃ。ひびき、下ごしらえ、しておくから」
「浴衣は、脱いだらダメだぞ」
「もう……」
 響は照れたような上目遣いで、隼人のことを軽く睨んだ。


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