『SWING UP!!』第11話-37
(………)
先輩たちの攻守に渡る頑張りに、次打者の結花は、燃えてくるものを感じていた。一方で、試合に対する冷静な感覚を保ちながら、三塁コーチボックスに立つ、品子の動向を見る。
品子が、ジェスチャー・サインで伝えてきた監督・エレナからの指示は、自分の考えと一致するところであった。
コツッ…
「アウト!」
送りバントによって、走者の浦を二塁に進める事である。ややスライドしてきた隼人の“色即是空”にも惑わされず、結花はきっちりと送りバントを決めた。
一死・二塁。初めてこの試合で、スコアリング・ポジションへ走者を進めたのは、双葉大学であった。
その好機に、打席には9番の航が入っている。“双葉の四天王”の一角として証されるようになった航は、9番でありながら打線の核を担っている選手だとの認識を、他チームにも植えつけていた。
「ストライク!」
内角低めの際どいところに、“色即是空”が決まる。走者を二塁に背負っているので、足の上がり具合は幾分抑えたものになっていたが、ボールの威力は変わらない。
「ファウル!」
二球連続して、内角を攻められたが、航はタイミングを合わせたような、ファウルチップを放っていた。
航も、自分の間を持っている打者である。隼人の投じる“色即是空”の打開策として、“自分のスイングで振り切る”ということを、すぐに実践できる選手だ。
「ファウル!!」
だから、三球連続で内側に来たボールにも、しっかりと対応した。シュート回転をした“色即是空”を、きちんとバットに掠めて、ファウルを放つ。
「ボール!」
内角にスライドして入ってきたボールは、ストライクゾーンを外れた。航は、それが見えていた。
(下位のヤツ等でも、なかなかしつこい)
マウンド上の隼人が、少しばかり焦れたものを感じている。浦に許した内野安打が、そのリズムに乱れを生み出したのだろう。
五球目。響の構えるミットが、外側に動いた。リズムを整えるために、外角に一球、要求してきたのである。
「!」
航は、それを狙っていた。大きく踏み込んで、外角に投じられた“色即是空”にバットを繰り出す。それは、外に一個分、ボールとして外れていたが、それでも構わずに、航はスイングを始動していた。
キンッ…
と、芯の外れた鈍い当たりがグラウンド内に転がる。
「アウト!!」
それは、セカンドへの平凡なゴロであったが、二塁走者の浦が俊足であるため、彼を三塁まで余裕を持って進める、進塁打となった。
航は始めから、それを狙っていたのだ。だから、外角に来たボールは、ストライクゾーンでなくとも手を出そうと決めていた。
(岡崎先輩は、1打席目で“色即是空”を見ている)
その球筋やタイミングを、自分たちよりも掴んでいるはずだ。故にこそ、チャンスを広げた形で、岡崎に繋ぐことを航は第一に考えていた。
「よし…」
好機を受け継いで、岡崎が左打席に入った。静かな挙動はいつもと変わらないが、後輩たちが繋いでくれた好機だけあって、漲る闘志の強さがその鋭い目つきから迸っていた。
「ストライク!」
初球は、内角の膝元を抉ってくるシュート回転の“色即是空”だった。だが、岡崎は視線でそれを追うだけで、身動きひとつしなかった。
「ボール!」
二球目はアウトコース。スライドした“色即是空”は、ストライクゾーンを僅かに反れて、ボール球となった。
「ストライク!!」
もう一度アウトコースへ、今度は左右にブレることのない直球が決まる。岡崎はその球にも手を出さず、構えを解こうともしない。
ツーストライク・ワンボールと、形の上では追い込まれた。
四球目を投ずるべく、隼人がセットポジションに入る。ひとつの間をおいて始動した投球モーションの、踏み出す足先を注視していた岡崎は、自分の思い描いていた位置にそれが収まった瞬間、腰と腕のバネを強く引き絞った。
「!」
内角に、球威のある“色即是空”が襲い掛かる。
岡崎は、引き絞っていた腰のバネを解き放ち、脇をきっちりと閉め、腕を上手く折りたたんだ状態を保ちながら、スイングを始動させた。
“色即是空”が、わずかにシュートして、内側に食い込んでくる。それを見計らった瞬間、今度は溜めていた腕のバネを力運動に変えてバットに伝道させ、そのヘッドを強く返すようにして、一気に振り抜いた。
キィン!
「おおっ!」
一・二塁間を、痛烈に襲う引っ張りの打球。“色即是空”のブレに惑わされず、その球威に負けない鋭いスイングで振り切ったベクトルが、減数されることもなく、そのまま打球に乗っていた。
「!」
二塁手の大仏が必死に追う。しかし、届かない。グラブを差し出そうとした時には、その強い打球は既に一・二塁間を抜けて、球足速く、ライト前に到達していた。
それを見届けながら、三塁走者の浦が、ホームへ帰還した。
1点を先制する、岡崎の適時安打であった。
「Good job!!」
パチパチパチ、と、ベンチで鳴り響くエレナの拍手。“ガンバッタ賞(ほっぺたへのキッス)”の確定を知らせるそれは、同時に、好投手・天狼院隼人から先に1点を奪ったことの大きな意味を知らしめるものでもあった。