『SWING UP!!』第11話-35
【法泉大】|00 |
【双葉大】|00 |
3回の表、法泉印大学の攻撃は、7番の伏見坂(ふせみざか)と、8番の伊地知(いじち)が連続三振に倒れた。いよいよ大和のエンジンは、全開になってきている。だが、それぞれの打者に対して、ワンバウンドの投球がひとつずつあったことも、ここで抑えておきたい。
そして今、9番の独楽送(こまおくり)が、左打席に入っている。おそらく日本全国でも、彼しかいないであろうその独特な苗字は、バットを寝かせた状態で、左手のグリップを握らないという、その特殊な構え方もあわせて、印象的な選手であった。
(なんだか、“天秤打法”みたい)
二塁を守る結花が、贔屓チームである東京ガイアンズの2番打者・松野戸を思い起こしていた。ちなみに、同じく東京ガイアンズのファンである中堅手の航も、結花と同じことを考えていた。
「………」
一方で、桜子の目には、この打法が“居合”のようにも映っていた。“天秤打法”は、小刻みな動きがあるのも特徴なのだが、この独楽送の構えにはそれがない。
バットを真剣に見立て、その鞘に収めた状態から、一気に振り抜こうという、そんな意識が見て取れる構えだった。
(9番だからって、油断は出来ない)
桜子は、大和に初球のサインを送る。大和が頷いて、投じたその球は、左打者にとって外角高目となる“スパイラル・ストライク”だった。
「ストライク!」
独楽送はそれを、悠然と見送った。“居合”の構えを解くことなく、そのまま二球目を待っている。不気味な静けさを感じさせる、独特の空気を彼は纏っていた。
二球目は、外角の低め。
「ボール!」
それもまた、彼は見送った。誘いをかけるように、ストライクゾーンを外していたのもあっただろうが、やはり全く動きのない見送り方だった。
(何を、狙っているの…?)
動きがないので、桜子はそれが掴めない。“居合”の形を決めたまま、全く微動だにしない独楽送に、知らず気圧されている自分を、桜子は心の中で叱咤した。
三球目。桜子は、狙い球を相手が示唆しないのであれば、狙っても簡単には打てない球を要求した。“スパイラル・ストライク”である。同じ打者に二球使うのは、稀なことだが、桜子は敢えて、そのセオリーを崩した。
「!」
刹那、独楽送の身体が回転した。バットの軌道が早過ぎて、桜子には一瞬、それが見えなかった。
コキン!
「!?」
だが、予想に反して、打球はそれほど強い当たりを生まなかった。ところが、桜子はその打球の方向を、見失っていた。独楽送が向けている顔とは、全く逆の方向に転がっていたからだ。
独楽送は、自分が放った打球を全く見ていなかったのだ。バットを居合いのように振り切り、当たった瞬間にはそれを放り出して、すぐさま一塁へ駆け出していた。
「吉川、正面だ!」
呆気にとられていたのは、桜子だけではなかった。あの“居合い”の鋭いスイングから、想像もできない緩い打球が飛んだので、奇妙な“間”が野手陣に生まれていた。それが、三塁手・吉川の一歩を遅らせてしまった。
「くっ…!」
岡崎の声を聞くや、すぐさまダッシュをかけて、バントにも似た鈍い当たりのゴロをグラブに収めようとする。
だが、送球を焦ったのか、ボールはグラブの中には収まりきらず、先を掠めてファンブルしてしまった。
「うあ…」
当然ながら、独楽送は一塁に到達していた。三塁失策による、出塁となった。
「草薙君、面目ない…」
連続三振で勢いに乗っていたところを、水を差す“失策”になってしまった。
それを気に病む吉川だが、大和はそれを責めるつもりなど毛頭ない。
「大丈夫です。次ですよ、次」
ユニフォームを誰よりも泥だらけにして、ノックを受けている姿を目にしてきた。それにこの先輩は、ひとつのミスを犯しても、それを必死に取り戻そうとする姿勢が誰よりも強い。
吉川の失策を突くように、1番の大仏が、大和の初球である外角のストレートを強引に引っ張ってきた。
「!」
パンチ力の強い打者、という評価が示すように、鋭い打球がライナーとなって三遊間を破ろうとする。
「うおぉぉっ!」
それを逃すまいと、吉川が捨て身の横っ飛びで、グラブを構えた左腕を最大限に伸ばした。ボールがその先を弾いて、打球の方角を変え、遊撃手の岡崎の足元にそれを転がす。
「よしっ!」
岡崎は持ち前の反射神経をフル稼働させ、すぐさまそのボールを素手である右手で捕まえると、スナップスローで二塁ベースのカバーに入っていた結花に向かって送球した。
「アウト!!!」
独楽送は、打球がライナーだったこともあり、走塁が一歩遅れていた。その分、結花のベースタッチに間に合わず、敢え無く封殺されることになった。
「吉川先輩、ありがとうございます」
「はは。すぐに取り返せて、よかったよ」
早速、ミスを取り戻す好守備を見せてくれた吉川を、大和が駆け寄って助け起こしていた。滑り込んだことで胸元が土塗れになっているが、それこそが吉川の懸命さの証であり、メンバーの皆から“ガッツマン”と呼ばれ、慕われている由縁なのである。