『SWING UP!!』第11話-24
「兄ぃ……隼人、兄ぃ……」
“菊の花”をいじくる響の呟きには、慕う相手を想う気持ちが篭もっていた。
……既に時間は夜中を迎え、別院の宿坊は、宿泊している双葉大学の四人と、明日の試合に備えてか、いつもより早々と就寝した隼人の立てる寝息の音が、暗闇と静寂の中で規律よく聞こえるだけになった。
響は、洗い物と、日課としている一遍の写経を終えてから、先に隼人が寝入っているはずの“寝室”に向かおうとしたのだが、不意に下腹に催すものを自覚して、行き先を変えて、外にある“東司(とうす)”へと足を運んでいた。
木組みの扉を開くと、自動的に中の灯りがともる。下の平屋と同じように、見た目の古めかしさとは違う、ハイテクノロジーが搭載されている建物であった。
先にも触れたが、“東司”はいわゆる“便所”のことなので、中には便器が設えられている。そして、同じくこれも触れたことだが、配管の関係で水洗にはできず、“バイオ・トイレ”という、これまた最新鋭の用便器が備わっていた。
“バイオ・トイレ”とは、その名のとおり、好気性のバクテリアが住み込むオガクズが便槽に装填されていて、そこに落とされた排泄物の分解・処理をそのバイオの力によって行う、新しいシステムのトイレである。水を一切使わないそれは、たとえば山小屋であるとか、工事現場であるとか、イベント会場であるとか、配管の都合が悪い場所などでの有用性が実証されており、今後の運用が期待されているものでもある。
この別院は、既述のとおり、小高い場所に位置している。電気を通すことは何とか可能だったが、配管についてはどうしても制限があった。
それを受けて、先代の御院は思い切って“バイオ・トイレ”なるものを採用した。彼の知己に、その道の技術者もいたので、その研究を援ける意味でも、まさに“都合の良い話”であった。
“バイオ・トイレ”は、その処理方法が異なるだけで、便器の外観そのものは、一般的なものと大きく変わらない。そして、この別院に備えられたそれは、しゃがみこんで用を足すタイプのいわゆる“和式”が採用されていた。
バリアフリーの観点から、洋式の便座が増えている昨今、最新鋭の処理システムを擁しながらも、敢えて“和式”を選択したのは、先代御院の隠された配慮がある。
この別院で生活をすることになった隼人と響が、自分の影響を受ける形で野球に親しんでいたこともあり、そんな二人の“股関節”を柔軟かつ強靭にするため、常にしゃがむことを強要される“和式”を採用したのだ。
別の書物にも逸話があるが、特に投手や捕手の“股関節”には柔軟性が要求されるところがあり、幼い頃から“和式便器”で、その部分を日常的に鍛えられてきた選手が、大成する確率が高いという。眉唾な話と言ってもいいのかもしれないが、プロのスカウトの間では公然と囁かれている話でもあるそうなので、ある程度の信憑性はあるのかもしれない。
実際、隼人と響は、下半身の安定性が抜きん出て強い。もちろん、和式で用を足すことがその全てではないだろうが、日常の生活において鍛えられた身体と言うものは、トレーニングだけでは得られない、強靭な体幹を有しているものだ。