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「あれも梅の木の下に埋めたんだったよな」
傾き始めた太陽に、少し顔をしかめながら、遠くに視線を飛ばしているウタの横顔は、夏の太陽に照らされたアスファルトを歩いていた、あの頃のウタの顔のままだった。
「そうだったね」
何かを振りほどくように、ぱっと正面を見た私を、ウタが横から見ている事に気付き、何気なく視線を合わせる。二人とも、緊張の糸でも解けたかのように、ふっと笑った。
「思い出すと、次から次に色々思い出すよな。年に一回か二回会うだけのいとこ同士だったのに、会えばちぃとはずっと一緒にいたもんな」
「そうだね」
太陽の光が滑り台に反射し、反射光に目がくらんだ私は、少しウタの方へと身体を寄せた。それに意味があったわけではなく、ただ太陽の光を避けた、それだけだ。
「なぁ、ちぃはどうだか知らないけど、俺は、いとこっていうのは結婚できないと思ってたんだ」
思わずウタの横顔を見ると、ウタは少し俯いて、人差し指を二本、くるくると動かしている。
「できるって事を知ったのはずっと後だったけど、できないって思ってたのはずっと前からだった」
咀嚼するのに時間がかかるその言葉にこめかみを掻いていると、ウタが言った。
「ちぃの事が好きだったけど、結婚はできないって思ってた。小さい時な。もっと小さい時は、ちぃは自分の嫁さんになるんだって思ってた」
唐突な告白に、言葉を失った。それが過去の話であっても、私にとっては重要な話だ。
「今は手を繋いで歩いてくれてるけど、ちぃがどんどん大きくなったら、それもできなくなるんだって思うと、夏が来るのが怖かったんだよな」
「そ、う、なんだ」
やっと口にする事ができたのはこれだけで、自分の気持ちがどうだったかなんて話す余裕はまだない。
「結局俺は、小さい時に芽生えた恋心を、一方では成就させたけどさ、一方では成就させられなかったって訳だ。欲張りはいけないよな」
キルティングのレッスンバッグを持った、髪の長い女の子。少し気が強そうな顔つきだった事を覚えている。あの頃からウタは、彼女に恋をしていたのだと思う。しかし同じように、自分にも恋心があったと言う事に、驚きを隠せない私は、足を組み替えたり、こめかみを掻いてみたり、首を傾げてみたりと落ち着きを取り戻せない。
「そんなに動揺すんなよ。別に今からちぃの事をどうにかしようとか思ってるわけじゃないんだから」
無言で頷いた私は、やっとの事で閉ざしていた口を開いた。
「じゃぁ、なんで今、このタイミングで言ったの? 久しぶりに会ったから?」
ウタは一度首を少し傾げてから「そう言うわけじゃないな」と首を振る。
「今回はばぁちゃんが死んで、ちぃのおばさんは事故っただろ。兄貴の嫁さんも病死してるし、友達の中にもバイクで死んだやつもいるし、半身不随で車椅子のやつもいる。人生何があるか分からないなって思ったんだよ。そしたら、自分の感情を胸に秘めたまま死んでいくのって、嫌だなって思ったんだよ」
「何それ、まるでウタが死ににいくみたいじゃん」
ウタはケタケタ笑って「そうだなぁ」と私に視線を送る。
「でもそうなんだ、一度きりの人生だから、今だ、って思った時に言っておかないと、後悔するかもなってさ」
ビニールが擦れる音が聞こえ、ウタが袋を持って立ち上がった。夕日に向かって大きく伸びをしたウタからは、日差しが薄橙の直線となって背後に消えていく。私もビニールを手にして立ち上がった。
「ウタ」
振り向いた彼は、「どした?」と少し首を傾げる。
「私も明日死ぬとしたら言っておきたい。ウタの隣でウエディングドレスが着たかった。小さい時からずっと思ってた。でもいとこ同士だからそういう事はできないって思って諦めてた。今でもウタの事は好きだよ」
これが私の精一杯だった。
ウタは私に向かって、ビニールを持っていない方の手をすっと差し出すと「手、繋いでいこう」と言う。
「いつも目印にしてた消火栓のところまで、繋いでいこう」
私はビニールを持つ手を反対にして、ウタの手に手を伸ばす。握った手は、あの頃感じていた、少しずつ固く強くなっていった手の、完成形だった。あの頃とは違う、男性の手だ。