リアルすぎる夢-2
「おい、起きろよ。講義が終わったぞ」
僕は友達の中村に突かれて起こされた。夢を見ていたのだ! 惜しい。もう少しのところだったのに!
僕は大講義室の中を見回した。みんなノートを手に立ち上がって移動を始めている。
ところがその中に一人だけ机にうつ伏して寝ている女学生がいた。隣の女学生が体を揺すって起こしている。
「どうして起こしたのよ!馬鹿」その女学生は友達に食ってかかっている。
僕はなんとなく距離を保ちながら彼女達と同じ方向を歩き出した。
その女学生が夢の女の子のような気がしたから、確かめたかったんだ。
「おい、どっち行くんだ。そっちは学食だろう。寮に戻って食べるんじゃなかったのか?」
僕は咄嗟に言い繕った。
「うん、なんかきょうやたらと学食のラーメンが食べたくなったんだ」
「勝手にしろ。その分財布の中身が減ってもいいならな」
僕は中村と別れるとラーメンは高いので、サラダパンを買って、例の女学生の近くのテーブルに座った。
自宅から通っている女学生なのだろう。二人とも身奇麗な格好をしている。眠っていた子は眼鏡をかけてから手に持っていた本を開いた。
「ほら、ここ。ユング心理学では女性の場合はアニムスという男性の人格が夢の中に現れて、彼と1つになると自己が完成するというのよ」
彼女は本の中にマーカーで印をつけている場所をペン先で指し示した。余白には結構メモなども書きこんでいるようだった。
友人の女学生は顔を近づけて目を細めた。
「じゃあ、その夢の中の彼はアニムスなの?」
寝起きの彼女は眼鏡をかけ直して友人に顔を近づけて言った。
「そうね。きっと、そう。私と同じことをしていたもの。アニムスは私の中のもう1人の私だから、それで説明できる気がする」
僕はそっちの方を見ないでサラダパンを頬張った。細かく切ったタクアンをマヨネーズで和えた具がパンの間につまっている。唇についたマヨネーズをテッシュで拭き取りながら耳だけはそばだてていた。
タクアンを噛んで食べるとポリポリという音が耳に響いて話が聞こえないこともある。
「……という説もあるでしょう? 全く他人の夢の中に入ってしまったかもしれないじゃない?」そう言ったのは、友人の女学生だった。「その蚊帳で仕切られた部分が個人の夢の世界だったら? ほら、ノリッペの好きなユングだって共通の無意識とか言ってるじゃない。夢は個人の心の中の出来事で終わらずに外部とも接触できることも考えられるじゃない? その男の子がもしかしてノリッペの運命の人だったら」
言われてノリッペという女学生は、顔を近づけて来た友人の額を人さし指で突き離した。
「どうしてそこに持って行くの? そういう神秘主義は心理学科の私たちが取るべき態度ではないわ」
その友人は学食のカレーライスをほんのちょっとだけスプーンに載せてそれを口に運ぶ途中でピタリと止めた。
「ところでノリッペは夢日記をまだつけているの? 夢には続きがあるって言ってたじゃない。じゃあ、この夢にも続きがあるんでしょう? 今夜あたり見られるわね、きっと」
ノリッペはカレーライスを口に頬張って食べていたが、コップの水をゴクンゴクンと飲むと首を横に振った。
「ああ、駄目。今夜じゃなくて。昨日レポート書くのに徹夜したから、午後から講義がないから下宿に戻って寝ることにしてるの。でもって、夜ぱっちり目が覚めたりするから、もう昼夜逆転ね、きっと」
「不健康だなあ。ところで続きはやっぱり布団だらけの世界なのかなぁ」
僕は友人の女性が言ったその言葉でパンをうっかり呑み込んでシャックリをした。
シャックリが止まらなくなり周囲のみんなに注目され始めたので、僕は食べかけのサラダパンを持ったまま学食を出た。
信じられないことだが、ノリッペは僕と同じ夢を見たんだ。夢の中で何をしたか具体的なことは言ってなかったけれど、きっとあのときと同じことをしたに違いない。そう、お互いの股間をまさぐって高まった、あの夢を。
はっきり言って彼女達の専門的な話は僕にはかなりわかりづらかった。だがなんとなく僕は理解してしまった。
ノリッペは僕と同じ夢を見た。夢の中で僕とノリッペは出会ったのだ。でもノリッペは夢の中の僕を自分の心の一部がたまたま男の形になって現れたと思っている。
彼女は夢の中の僕をアニムスというものだと思い込んでいて、夢の中で合体すると自分の人格が完成されると主張している。
彼女の友人は別の人間がノリッペの夢の中に現れたのだと言っていて、それが実は正しいのだが、ノリッペは信じない。
僕は昨日夜中のバイトをしたので、やっぱり下宿に戻って午後から眠りたいと思っていた。
だから、夢の中で彼女とあの続きができる!
しかもノリッペは別の理由でそれを望んでいるのだ!
僕は張り切って下宿に戻った。 そして勇んで布団に入ったが興奮してなかなか眠れない。
そのうちに、そんなうまい話はないだろうと思うようになり、馬鹿らしくなって諦めたころ眠りに落ちていった。