20 骨製の海底城 *性描写-2
***
昨夜遅く、書類を片付けて自室に戻り、そろそろ寝ようとした時の事だった。
頭の中に独特の周波音が響き、エリアスはわずかに眉を潜める。
ミスカからの通信魔法など、できれば無視したい。
どうせくだらない私用だ。
だが向こうからの通信は必ず出るよう、主達から命じられている。
無視したところで、わざわざ掛けなおす羽目になるだけだ。
扉に施錠と防音の魔法をかけ、周波音に応える。
目の前の空間がグニャリと歪み、丸く開いた。
「エリアスちゃーん」
向こう側には、頬杖をついたミスカがニヤニヤ笑っている。
三つ編みの先っぽは、やはり焦げたらしい。少しだけ短くなっていた。
「なぁなぁ、こないだの進化が上手くいったから、主さまが何かご褒美くれるって」
「結構ですね」
その水触手で受けた恥辱を思い出し、怒りで引きつりそうになった表情を抑え、エリアスは冷淡に答える。
今は男の体だし、さっさと用件を聞いてブチ切ろう、と心に誓った。
「それがわたくしに、何か関係あります?」
「せっかくだから 〔エリアスに俺と、食堂で一個のコップからジュース飲ませる権利〕 にした」
「お断りします!」
真っ青になって叫ぶと、ミスカはケラケラ笑い転げた。
「冗談だって。やって欲しかったか?」
「貴方が言うと、冗談に聞えません」
数多くの前科があるミスカは、悪びれもせず、ニマニマ口元を緩め、手を差し伸べる。
「ホントはさ、ツァイロン主さまがお前をお呼びになってんの。検診を受けろってさ」
「わたくしの定期検査は、もう少し先でしょう」
「ちょうど暇になったんじゃねーの?別に良いじゃねーか」
「……わかりました」
主たちの命令は絶対だ。
特にツァイロンとあらば。
伸ばした手が、歪んだ空間の中にトプリと浸かる。
ミスカの手を握り、釣られた魚のように、そのまま引き上げられた。
出た先は入り口は扉一つだけの、広い八角形の部屋。
床一面に魔方陣が描かれ、中央に青銅の巨大な水盤が置かれていた。
「おっ帰り〜!」
勢いよく水盤から引き抜いたエリアスを、ミスカは子どものようにはしゃぎ、しっかり抱きとめる。
「男同士で何をしているんです」
「嫌なら、女体になりゃいいだろ?」
ミスカはかまわず、グリグリほお擦りを続ける。
「お前なら、別にどっちでもいいし。あ、でもセックスん時は、俺がツッこむ方な」
「馬鹿なことを言っていないで、さっさと離れてください」
能天気な青年の額に、指を押し当てた。
詠唱も魔方陣も無しでは、薬師の時のように一撃で殺せる雷は出せない。
ごく小さな静電気だったが、ふぎゃっと悲鳴をあげてミスカは離れた。
冷たく一瞥し、エリアスは部屋から広い廊下に出る。
ミスカも額をさすり、付いてきた。
夜も遅くだったが、魔法灯火が照らす廊下には、数人の使用人が静かに行き来していた。
男も女も白い簡素な衣をまとい、磨きぬかれた鏡のような廊下を滑るように歩く。
久しぶりに帰った故郷。
海底岩の壁に、珊瑚の窓枠が並び真珠貝が彩っている。
アーチ型の高い天井を支えているのは、くじらよりもはるか巨大な肋骨。
この城はゼノから塩の道を伝い、海岸に突き当たった、さらにその先にある。
金のトカゲの骨で造られた、海底の城だ。