17 王子の王弟-2
荘厳華麗な城内は、彫刻飾り一つとっても見事な眺めだったが、アレシュは足早に通り抜け、ほどなく 国王夫妻の待つ謁見の間へたどり着いた。
深紅の絨毯が敷かれた謁見の間は、この城で最も重要かつ豪奢な広間で、高座には二つの玉座が置かれていた。
正面に膝をつくアレシュの背後で、エリアスも影のように従う。
アレシュから見て右の玉座にはストシェーダ国王が、左の玉座には王妃が座っている。
「ご無沙汰しております……」
彼らを呼ぶとき、アレシュはいつも一瞬戸惑う。
公式な場なら、同等の権利を持つ二人はどちらも『陛下』で済むのだが……。
「アレシュ、早く顔を上げて頂戴」
深い温かみに満ちた、柔らかな女性の声が響いた。
内心ほっとして、アレシュはそのまま顔をあげる。
「貴方が来るのを、朝から楽しみにしていたのよ」
微笑む王妃リディアは、春の陽光といった形容詞がピッタリの美しい貴婦人だ。
万人に愛される人当たりの良い性質が、そのまま表に滲み出ている。
優しげな顔立ちは、とても三十代も半ばを過ぎているようには見えない。
口元に浮かぶ柔らかな笑みが、男なら誰でも庇護したくなるような、可憐な魅力をかもしだす。
もちろん装いは、王妃として相応しい豪奢さだ。
高級感に満ちた濃い紫のドレス。
蜂蜜色の髪は複雑な形に結い上げられ、七色に光る宝石が飾られている。
「カティヤの件は、残念だったな。まさか竜騎士になっていたとは……」
普段は厳しい緑の瞳に、少し憂いの色を浮べた王のメルキオレは、リディアより三つ年上。
アレシュとは十五も離れている。
上等な絹服の上に、黒い毛皮の襟がついた厚いマントを羽織っている。
彼の右袖が空なのは、ある忌まわしい事件のせいだ。
実直生真面目な性格で、政治家としても辣腕を持ち、大国をつつがなく治めている。
やや堅苦しい所があり、近寄りがたい雰囲気を持つが、それをリディアが中和させているといった所だろう。
まさに互いを補い合う、理想の国王夫妻とされ、アレシュもそう思う。
二人が好きだし、彼らもアレシュを何かと気にかけてくれる。
「……いたしかたありません」
湧き上がった胸の痛みを押し込め、アレシュは感情を表に出さないよう、苦労して短く答える。
カティヤと再会してすぐ、二人に彼女が生きていた事を手紙で告げた。
二人とも、アレシュがカティヤをどんなに求めていたか知っているし、彼女がいれば、定期的な魔眼暴走の苦しみからも解放されると、心から喜んでくれた。
二人は前王がそれぞれ違う妾に産ませた異母兄姉だ。
そしてアレシュの義父と義母でもあった。
よって、アレシュは『王弟』でありながら『王子』というわけだ。
そしてアレシュが二人に対して引け目を感じ続ける理由も、そこにあった。