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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-1

「うわぁ〜…綺麗…」
ガラスの向こう側に広がる、蒼く煌く幻想世界。
彼女は目を爛々と輝かせて、鮮やかな色を放つ個性豊かな魚達が泳いでいる様子をうっとりと眺めていた。
女性にしてはやや背の高い方の、170センチ近くあるすらりとした長身、滅多に見掛けないほど綺麗に長く伸ばされた艶やかな黒い髪。
それだけでも目を引くのに、長い睫毛に覆われたどことなく愁いを帯びたように見える黒みがかった濃い茶褐色の瞳、それと対照的に意志の強そうなキュッと締まった紅い唇が一際白い肌に映える、美しい横顔。
凛とした雰囲気を醸し出す彼女に、不釣合いな部分があるとしたら、それは野暮ったいような印象を与えるレンズの分厚い眼鏡くらいだろう。
しかし、隣に佇んでいる彼からすれば、それが彼女の特徴であり、またそれすら愛らしく感じる。
そんな優しい眼差しを向ける彼…長谷川圭輔は、数年前に彼女、水越英里のクラスの数学担当の教師だった。
2人の出会いは、彼がまだ教育実習生の頃。
少しひねくれていた生徒であった英里とひょんな事がきっかけで――あまり良い出会いとは決して言えないが――とにかく親しくなり、そのまま互いに恋に落ちて現在に至る。
思いを告白したのは英里の方からだったが、きっと先に彼女に惹かれていたのは自分の方だっただろう、と圭輔は思う。
自分よりも5つも年下の少女が、恋愛の対象になるなんて思っていなかったのに。
あの夕暮れの教室で佇む彼女の少女らしい幼さと大人っぽさが入り交じった、不思議な魅力を放つ横顔に、その存在感に一瞬で心を奪われた。
…そして今も、そんな彼女の横顔に見惚れていた。
「あ、圭輔さん見て下さい!ジンベイザメですよ」
やや興奮気味の彼女は、突然彼の方を振り向いて、笑顔でそう告げた。
普段はあまりはしゃいだりする事のない彼女だが、たまにこんなに無邪気な一面を見せる。
「ほんとだ、デカイな」
ガラスの内側でなく、隣の彼女ばかり眺めていた彼も、呼び掛けに慌てて指差す方に目を向ける。
185センチはありそうな長身の体躯を屈めると、目線の高さが彼女と同じになる。
彼の髪が、突然視界の端に入り、英里の鼓動は早まる。
温和な雰囲気を持つ彼だが、すっきり通った鼻梁に切れ長の涼しげな目元、すっと細く形の良い顎、それぞれのパーツが彼の穏やかさだけではない、男らしい色気を感じさせる端正な横顔を形作っている。
職業柄、髪を染めるのはあまり好ましくないため、黒いままだが、それが彼をより一層好青年のように見せていた。
以前より少し伸びた長めの前髪から見え隠れする彼の瞳が男性なのにとても色っぽく感じられて、英里は息をするのも忘れてしまう程、じっと見入ってしまう。
隣に立っているこの男性が、自分なんかと付き合っているという事実が未だに不思議でならない。
すると、視線を感じたのか急に圭輔は彼女の方を向いたので、一瞬心臓が止まりそうになる。
「…どうかした?」
淡い笑みを湛えて、圭輔は英里を見つめる。
穏やかな笑顔を浮かべているところはいつもと一緒だが、それ以上に優しく、愛情に満ちたような眼差し。教師のままの彼は、決してこんな無防備な顔を他人に見せない。
それだけ、彼にとって目の前の彼女が特別で愛おしい存在なのだった。
英里は、少し俯き加減になり、彼から視線を逸らす。
たまに、彼女には彼が自分をからかうつもりなのではないかと思ってしまう時がある。
そんな顔で見つめられると、自分の心がどれだけ掻き乱されるかわかっているだろうに…。
そのせいか、英里はどぎまぎしながら、つい、素直じゃない自分を出してしまった。
「何か、顔似てるなと思って…」
恥ずかしさを紛らわせようと、英里は心にもない事を口にした。
その直後、いつものように決まって軽い慙愧の念に苛まれるのだった。
(あぁもぅ、何バカな事言ってんだろ。絶対、呆れられてる…)
「俺と…ジンベイザメが?」
突拍子もない事を言い出した英里に、圭輔は暫く無言でガラスの向こう側を悠々と泳ぐ魚影を眺めながら、すっと、1点を指差した。
「じゃあ、英里はあれだな」
英里は項垂れていた顔を上げ、視線を再び水槽へと戻す。
彼の指が示す、その先にあるのは、
「…フグ?」
まさにその通り、頬を膨らませて非難するような目を向けるだろうと想像していた彼だが、意外にも何も反応がない。
ちらりと彼女の方を向くと、また恍惚とした目で、その魚を眺めていた。
「なぁ、もしかして似てるって言われて嬉しいのか…?」
「え!?だって、フグってふわふわ泳いでて可愛いし…」
そんな彼女の様子に、圭輔は思わず口元を手で押さえて、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
(…天然すぎだろ)
英里は、わけがわからないといった顔で、圭輔を見つめている。
「ほんの、冗談だったのに」
「そうなんですか…?」
少し沈んだ声でそう言った彼女が可愛くて、いよいよ笑いを堪える事ができなくなった。
「残念がる事じゃないって。でも…」
そっと圭輔は英里の頬に手を当てる。
紅潮した頬が熱を持ち、ほんのりと温かくて心地良い。
急に真顔になった圭輔を見て、英里の胸が高鳴った。
すっと、彼の目が細くなる。
彼の顔を見上げた状態から、動けない。彼の薄く開かれた唇から、目が離せない。
そのまま、どんどん圭輔の顔が近付いてきて、彼女の視界を支配してゆく。
夏休み中で家族連れの客も多いのに…まさか…こんなところで?
だめだと思っているのに、唇が動こうとしてくれない。


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