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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第5話-20

相変わらず美味しい彼の手料理の味を楽しんでいると、ふと英里はある一点に圭輔の視線が注がれているのを感じた。
そう、今日の情事で付けられた、首筋のキスマーク。
何故かそこをしげしげと見つめられているのだ。
「み、見ないで下さい…」
恥ずかしくなり、彼女はそこを手で隠した。
「英里って他人から見たら、男なんか知らなさそうな真面目で清楚な知的美人って感じだろ」
「はぁ?頭沸いてんですか」
目を据わらせて、英里はきっぱりと言い放つ。
未だに、真面目だと言われるのはあまり愉快な気分はしないし、美人だなんてとんでもない。
「でも、そんな子の首筋にくっきりキスマークなんて付いてたら、それ見た男があらぬ妄想をして悶々とするかもなーなんて想像してた…」
「…圭輔さんは本物の変態だったんですね」
英里は思いっきり顔を顰める。
「きっついなー…さっきから」
「…。」
少し気を悪くした英里は無視して、黙々と箸を進める。
「ごめん、ごめんって!でもさ、好きな相手のそういうところ、想像した事ない?」
「どういう意味…」
そう言い掛けて、英里ははたと口を噤む。
自分にも思い当たる節があるのだ。
圭輔に触れられているところを想像しながら、自分で慰めた時の事を…。
彼女にしては行儀悪く、箸の先を口で咥えたまま、止まってしまう。
「お、図星?」
「な、ななな何言ってるんですか!そんな事あ、あるわけっ…!」
「そうやって懸命に否定するところが怪しいよな」
また、あの面白そうなものを見つけた子どものような顔だ。
「もしかして、俺の事考えてくれてたり?」
「ば、ばかな事…!」
「俺は勿論あるよ。英里に会えない時はいつも」
「…食事中にこんな話やめましょうよ…」
もう今日何度目かわからない、赤面した顔で、英里が呟く。
もしまた自分に話が振られたらどうしようと、困惑して目を伏せた。
「毎日英里が一緒にいてくれたら、もう妄想に頼らなくて済むんだけど」
圭輔と視線を合わせないようにしていた英里が、ふと顔を上に向ける。
その位、熱い視線を感じたような気がした。
「え?何言ってるんですか、そんなの。無理に決まってますよ。…だからもうこの話はやめましょうってば」
見上げた圭輔の顔は、いつもと変わらぬ穏やかな表情で、どうやら自分の勘違いだったらしい。
少し呆れ顔の英里は、普段の彼女らしいクールな口調で切り返す。
「…はいはい」
圭輔は苦笑を浮かべて、言われた通りに話を切り上げる。
内心では、あの言葉を彼女がもっと深い意味に受け取ってしまったなら、それはそれで良いと思って口にしたのだったが、やはり彼女はさして気にも留めていないらしい。
彼女に、小細工や回りくどい言い方は通用しないようだ。


―――夏の日の昼間は長い。
英里を駅まで送り届けた後、圭輔はもうだいぶ日が落ちかけた夕焼けの空を窓越しに見つめる。
言うべき言葉を、声を出さず口にしてみるだけでも、何だか妙に気恥ずかしい。
たぶん、その言葉を言う資格は今の自分にはまだないだろう。
今回は彼女を信じきれずに傷付けてしまい、自分の器の小ささを思い知らされた。
複雑な感情を抱いている彼女の全てを受け止められるようになれなければ、その資格は生じない。
いつかきっと、自信を持って彼女と付き合っていると言えるような男になってみせる。
はっきりと自分の口から、その言葉を告げるために。



<第5話・完>


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