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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-31

Tシャツが汗だくで、ぐっしょりと濡れていた。でも、この天気なら、すぐに乾くだろう。
冷たい飲料の缶を頬に当てているうちに、ようやく熱が引いてきたのか、英里は正面の光景を見渡した。
緑が多い運動公園では、ジョギングをしている人や、犬と一緒にフリスビーをしている人、芝生の上にシートを敷いて座っている家族連れなど、様々に時間を過ごしていた。少し離れた野球場では、少年野球の試合をしているようで、子ども達の歓声が聞こえてくる。
目の前を、テニスラケットを持ったおそらく恋人同士が通り過ぎた時、
「…圭輔さんは、今まで付き合った人と、こんな風なデートしてたんですか?」
「え?何だよ、急に」
圭輔は英里の顔を見つめる。
自分の心中に留めておこうとしていた言葉を全て口にしてしまった後で、英里は自分の失言に気付いた。
知りたくないのに、頭の片隅では気になっていた事が、暑さで頭が朦朧としていたのか、うっかり英里の口からはそんな問い掛けが零れていたのだった。
「いや、あの、その…深い、意味はないんですけど…」
過去の女性遍歴を聞き出そうとするようなうっとうしい女に思われたくなくて、何でもないように笑顔を見せて、取り繕った。
「そう、だな。スキーとかプールにはよく行ったかな…2人っきりよりも、大勢で一緒に行く時の方が多かったけど」
「圭輔さん、アウトドア派なんですね」
ただ、機械的にその台詞を口にした。自分だったら、どちらもやりたくないな、とうっすらと思った。そして、その時間を共有したのは誰だったのかな、と。
活発な人の方が、彼の好みかもしれないが、自分にそれを求められてもどう考えても無理だ。活動的にも、社交的にも到底なれそうにない。
“圭輔さんは、一体どんな女性を思い浮かべながら、そう言ったの…?”
ぞわりと、血が騒ぐ。この事について、これ以上深く考え出すと、醜い自分の感情が露になりそうで、英里は強制的に思考を止めた。
普段押し込んでいる目を背けたくなるような自分自身が、ふとした瞬間に表面化しそうになる。
…本当に、慣れない事はするものじゃない。
日差しの強さに、どろりとした不快な汗が顎を伝う。
倦怠感とほんの少しの眩暈を覚えて、英里は軽く目を伏せた。


それから、一旦圭輔のアパートに戻って汗を流した後、2人で軽く食事を取った。
他愛無い会話を交わし、ふと沈黙が降りた時は、言葉の代わりに口付けでそれを埋めた。
そういえば、圭輔は手の内を明かしていないままだな、とふと英里は思った。自分がぎこちない態度を取っていたから、つられて彼も余所余所しくなってしまったのか、それとも彼にも何か別に思うところがあったのか。
昨夜、自分の秘めていた思いは、彼に告白した。それを、ただ、優しく受け入れてくれた。
唇が離れると、英里はそっと目線だけで圭輔の顔を見つめた。
それに気付いた彼は、ふっと目元を緩ませた。
いつもは安心できる微笑。だが、何故だか心に漣が立った。
もう日が暮れる寸前で薄暗い部屋の中、窓から背を向けて座っている彼の顔にも、夜の影が落ちる。
穏やかな表情だが、その深い漆黒の瞳は、感情を読ませない。
彼と長く付き合っていても、本質的な部分は何一つ知らないままのような気がした。
にわかに生じた蟠りから目を逸らすように、英里は圭輔の背中に腕を回して、広い胸に顔を寄せた。
いつも自分の事を最優先に考えてくれている、彼の望みは一体何なのだろう。
抱き合った二人の姿が、夜の帳につつまれる。
なかなか帰ると切り出せないまま、刻々と時間だけが過ぎていく。
もう夜の9時を過ぎた。これ以上遅くなるのは、送ってくれるという彼にも迷惑になると思い、英里はようやく決意を固めた。
願わくは、両親が不在であれば。両親とは未だに向き合う自信が付かないままだが、昨夜素直な自分自身の気持ちとは向き合えた。
今まで築き上げてきた自分が崩れても、両親に失望されても構わない。できれば、別れて欲しくないと、正直に告げてみるつもりだった。
申し分のない、衣食住と学習の環境を与えてくれた。だが、それだけでは満足できなかったから、捻くれていて斜に構えた今の自分の姿がある。
夫婦仲の修復が不可能でも、せめて、少しでも家族の思い出が作りたい。いつだって、我儘を言わない、いい子で通してきたつもりだ。最後に、子どもとしてそれぐらいの主張をする権利があってもいいのではないだろうか。
「…圭輔さん、そろそろ、帰ります」
俯いたまま、英里は微かな声で呟いた。



「1週間本当にお世話になりました」
助手席に座っていた英里は、車から降りると、圭輔も運転席から立ち上がる。
「…大丈夫か?」
「平気です、圭輔さんが元気付けてくれたから。1人で悩んでたら、今も決断を後回しにして、逃げてただけだと思います。…ありがとうございます」
今でも少し逃げたい気持ちはある。でも、彼が見守ってくれるから逃げない。逃げてばかりでは解決にならない、前に進みたい。
この人がいてくれて、傍にいるのがこの男性で本当に良かった、英里は瞳の色にそんな思いを滲ませて、圭輔を見つめた。
よく俯きがちになるのが癖である彼女だが、今はしっかりと圭輔を見据えていて、そんな迷いのない様子が、とても凛々しく映った。もう、彼女は心配ない。1人で歩き出せる。
圭輔は柔らかく微笑んだ。あとは、彼自身の問題を残すのみだった。
「何かあったら、いつでも頼ってこいよ」
「はい。それじゃあ…」
「……英里?」


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