投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 105 夕焼けの窓辺 107 夕焼けの窓辺の最後へ

第6話-32

英里が別れの言葉を告げようとすると、突然第三者の声が遮った。
声のした方を、2人共ほぼ同時に振り返る。
初めて会った時から、難攻不落な相手のようであるのは、薄々感付いていた。その分、正式な出会いはもっと違った形にしたかったのに、と圭輔は迂闊な行動を取った自分に、内心で臍を噛んだ。
「お母さん…」
英里は、怖々とそう口にした。疚しい事なんて何もしていない、していないはずなのに…咎めるような母親のきつい視線に、条件反射で身が竦んでしまう。
スーツを着こなして、7センチはありそうなピンヒールを履き、背筋をすっと伸ばしたその姿から、仕事帰りであるようだった。きっちりと纏められた髪に、意図的なのか少しきつめな印象を与える化粧は、他者に付け入る隙を与えないようにも見える。眉尻を吊り上げて、強い視線で訝しげにこちらを射抜いていた。
「英里、こんな時間に何をしているの?それに…」
ちらりと、隣に立っていた彼を横目で見遣る。
明らかに好意的でないその視線を、圭輔は目を逸らす事なく、正面から受け止めた。この期に及んで、おどおどした態度を取りたくはない。
矛先が英里から自分に向いて、覚悟が出来たのか、圭輔は逆に心が落ち着いた。彼女だけを怒りの対象に晒したくはない。こうなってしまったからには、最早引くわけにはいかなかった。
長年刷り込まれた認識は簡単に拭えないのか、英里はぎゅっと唇を噛んで俯いていた。そんな彼女の手を取ると、圭輔は堅く握った。英里は、そっと圭輔の顔を見上げると、大丈夫だから、とでも言う風に、彼は目だけで微笑んで見せた。
英里の母親だが、彼女に窮屈な枷を嵌めていたと思うと、どうしても反撥心が沸き起こってしまう。
「…あなた、確か高校の時の…」
「はい、彼女のクラスの数学を担当してました、長谷川圭輔といいます」
言い淀む事なく、圭輔は述べた。真正面から、敢然と立ち向かう。
罪悪感の欠片もないその物言いに、彼女は苛々と、
「どういうことなの?教師のくせに、娘を誑かすなんて」
「お母さん、待って…」
彼を誤解している。英里は口を挟もうとするが、
「あなたは黙ってなさい」
そう一喝されて、英里は口ごもった。後込みしてしまって何も言い返せない自分が情けない。そう思っている間も、圭輔を罵るような母親の言葉が耳に入る。
圭輔は、それを黙って聞いていた。世間一般から見れば、教師が生徒に手を出したという事実は覆しようがない。今はあまり事を荒立てたくなく、自分を責めて少しでも気が収まるのなら、反駁するつもりはなかった。
だが、英里は我慢できなかった。悪いのは圭輔だけじゃない。思いを告げたのはむしろ自分からなのに、どうしてこんなに彼が酷く言われなければならないのだろう。両親がくれなかった愛情をくれた、知らなかった感情思い起こしてくれたのは、彼なのに。
頭の中がかっと熱くなり、沸々と心の奥が沸き立つ。乗り越えられなかったものへの恐怖心は、いつしか怒りへと変わってゆく。
「いつから娘とこういう関係なの?全く、あなたのようなろくでもない人が教師だなんて……」
「…もう、やめてよ」
苛立つ気持ちを隠さず、低い声で英里はそう呟くと、俯いていた顔をきっと上げて、母親を睨み付けた。
従順な娘が初めて反抗心を見せた事に、母親は少なからず狼狽したようで、圭輔を詰る口調が止まる。
「悪いっていうなら、私が悪いんだよ。先生を好きになったのは私からなんだもん。いくらお母さんでも、大切な人の事そんな風に言って欲しくない…っ!」
(私の事なんて、何も知らないくせに。知ろうともしない、何の興味もないくせに)
母親は、その態度が気に障ったのか、思わず感情的になって手を振りかざした。
打たれる…英里は、ぎゅっと目を瞑った。親に対して生意気な態度を取った、その報い。でも後悔はしていない。これ以上の彼への暴言は許せなかった。避けるつもりはなく、甘んじてそれを受けようとした。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 105 夕焼けの窓辺 107 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前