第6話-30
「あ、あぁっ、いい……っ」
強い快楽に、英里はぎゅっと、自分の乳房を掴んだ。
堅くて熱い圭輔のものが、彼女の中の奥深くを乱暴に抉る。いや、乱暴にしているのは彼ではない。腰を動かしているのは彼女自身だ。
心の深層に、激しく攻め立てられたい願望でもあるのだろうか、と英里は嬌声を上げながら、ぼんやりとそんな事を思った。
「圭輔さ…、もう、私…」
彼の腹部に両手を付いて、ぐちゅぐちゅと結合部から淫らな音が漏れる程、早く腰を動かすと、英里は後ろに体を反らせて、絶頂を迎えた。
英里は、繋がったまま力なく圭輔の体の上にくずおれた。
荒い息遣いに合わせて、胸が大きく上下する。
「ごめんなさい…私だけ、気持ち良くて…」
「そんな事ないよ、俺も、すごく良かったから…」
圭輔の言葉に、英里は顔を上げて、目元だけで微かに微笑んだ。
心に秘めていたことを彼に明かして、胸の奥がすっと軽くなった気がした。
英里はそっと顔を寄せると、鼻先で、甘えるように圭輔の鼻の頭に触れた。
それから、軽く口付ける。何度も唇を離しては、また寄せる。その繰り返し。たまに視線が合うと、また唇に触れたくなる。いつまでも終わりが来なければいい、そんな風に思いながら、互いに気の済むまでキスを続けた。
長い口付けが途切れ、ようやく英里は腰を上げて立ち上がると、情交の残滓が足の間から零れ落ちた。
窪みを塞いでいた太い楔が抜けると、何故だか淋しく感じられた。彼にそこを埋めてもらえて、初めて自分が完成するかのような、不思議な感覚だった。
漠然とした寂寥感を味わっている間に、圭輔はティッシュを手に取って、陰部を優しく拭った。英里は恥ずかしそうに肩を縮めると同時に、彼の手が敏感な部分を掠める度に小さく身を震わせた。
2人共乱れた着衣のまま、1つの布団で抱き合って眠っていた。
もう夜中の3時に近いかもしれないが、すっかり覚醒してしまって、なかなか眠れそうになかった。
「明日、いつ頃家に帰る?」
「圭輔さんがいいなら、できれば遅く帰りたいです…」
圭輔の腕に包み込まれた英里は、躊躇いがちにそう口にした。
せっかく心が通じ合ったのだから、長く彼と一緒に過ごしたかった。
それに、自分だけでは足りなかった勇気を、彼に充填してもらったが、両親と正面から向き合って話をするのはまだ少し心細かった。
言外に微かに漂う、彼女のそんな不安を嗅ぎ取ったのか、圭輔は二つ返事で応じた。
彼自身も彼女と一緒にいたかったし、傍にいてあげたかった。
「そうだな…明日は天気いいみたいだし、どっか行くか。それとも、英里はうちにいたい?」
「えっと…」
英里は少し考えるような素振りを見せると、
「明日1日中室内にいるなら、ずっと英里の事抱いて過ごしたくなるかも」
「…どこ行きましょうか?」
意地悪そうな笑顔を浮かべて、顔を覗き込んできた圭輔の言葉を、受け流すかのようにそう答えた。
そんな彼女の態度に苦笑を浮かべながら、
「英里、運動とか得意な方?」
「えーと、人並みです、たぶん…」
できるとは口が裂けてもいえないが、そこまで運動音痴でもない。
「じゃあ、体動かすの好き?」
「あんまり好きじゃないです…」
中学の頃から文芸部や美術部といった文化系クラブに所属し、運動会などでは率先して玉入れなどの楽な競技を選んでいた彼女だ。スポーツ観戦もあまり興味がないし、自分でやるのもどちらかと言えば苦手だった。
「たまには運動するのもいいと思うけどなぁ。英里、身長ある割に軽いしさ。もっと筋肉つければ?」
「…すっごく余計なお世話です。圭輔さんは、運動するの好きなんですか?」
「俺は学生の時バスケ部だったから、今でも体動かすの好きだな。ストレス溜まってる時とか結構気分転換になるけど」
「そうなんですか…」
「はぁ、はぁっ、圭輔さんっ、もう、無理です…!」
息も絶え絶えに英里は助けを求めた。顔を真っ赤に染めて、額からは汗がとめどなく流れている。
「…まだまだっ、これからだろ」
悲愴な面持ちでそう訴える彼女に、圭輔は余裕の口調で返事をした。爽やかな笑顔が、今の英里にはとんでもなく無慈悲に映った。
9月に入ったが、すぐに気候が変わるわけでもなく、相変わらず日中の暑さはほとんど衰える事はない。それなのに、いい年した大人が白昼に運動公園でバドミントンとは。
(自殺行為だよ、絶対…)
数メートル離れたところに立っている圭輔は、生き生きとした表情で、楽しそうにしている。
そんな様子を見ると、まだ始めてほとんど時間も経ってないのに、やりたくないだなんて言い出せない。
バドミントンなんてほとんどやった事がない英里は、コントロールなどできるはずもなく、何とか拾うものの、手前に落としたり、極端に左右にぶれたりしてしまうが、圭輔はそれを打ちやすいところに上手く返してくれる。
英里よりも遥かに動いているはずなのに、その顔に疲労の様子は全くない。
それに比べて、もう息が上がっている自分自身の体力のなさに、英里はひっそりと溜息を吐いた。
昨夜の彼の言葉に、ちょっとやってみようかだなんて思ったのが悔やまれる。
(やっぱり、運動なんか大嫌いだ……)
何度かラリーが続いていたが、僅かに落下地点を見誤り、シャトルを地面に落としてしまった英里は、そう強く思った。
「…疲れた?」
木陰のベンチの上でぐったりと座り込んでいる英里に、圭輔は買ってきたジュースを差し出した。
「明日、筋肉痛になるかもしれません」
「あはは、大袈裟だな」
隣に腰掛けた圭輔が、からからと笑う。
「笑い事じゃないです、腕がすごく痛い…」
「たまには、体動かすのも気持ち良くない?」
「…はぁ、まぁ…」
英里は疲れを滲ませた表情で、曖昧に答えた。
快活にそう問われると、もう二度とごめんだとはどうしても言えなかった。