投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 95 夕焼けの窓辺 97 夕焼けの窓辺の最後へ

第6話-22

「…まだ、先生が教育実習生の時に、告白して…」
少し恥ずかしそうに、小声で英里はそう言った。彼との馴れ初めは、ちょっと普通とは言い難く、詳しくは言いづらかったので、事実のみ簡潔に述べた。
それに、彼女の前で彼の事を普段のように名前で呼ぶのが面映ゆく、つい先生と呼んでしまう。
「えー、でも英里全っ然興味なさそうだったのに?先生と話してたとこなんか、ろくに見た事なかったけど」
「…最初は、へらへらしてるみたいで嫌いだった」
誰にでも愛想笑いを向けて、その場さえ上手く取り繕えればいいと考えているようなタイプだと認識していたから、自分はそんな上辺だけに騙されないと思っていた。
だが、話してみると、実際の彼は自分が思っていたような打算的な人ではなく、真っ直ぐで、大らかで、自分にはない心の余裕があって、包み込んでくれるように優しくて…
「気付いたら好きになってたの」
決して、容姿端麗なその外見だけに惹かれたのではない。彼という人物を形作る要素全てに惹かれて、いつの間にか自分の心は捕らわれてしまった。
「だから、きっかけはよくわからないけど…」
愛してる。
その言葉はさすがに口に出すのは憚られたので、英里は口を噤んだ。しかし、その物言いに熱がこもっていたのか、言外の意味を彼女に悟られたようで、
「ふーん。…お互い愛し愛されてるわけだ。昨日もわざわざ夜中に迎えにきてくれるなんて、よっぽど相手の事大事に思ってないと、なかなか出来ないよねぇ」
「あのさ…先生、怒ってた?」
英里は、恐る恐る彼女に尋ねた。その時の記憶だけがすっぽりと抜け落ちていて、一体自分が何をやらかしてしまったのか、不安だった。
「うん、すっげー迷惑そうな顔してた」
「…そっか…」
「嘘、嘘、冗談だって!怒ってなかったってば!むしろ見てるこっちが妬けちゃうくらい優しく英里の事介抱してたよ」
力なく呟いた時の英里の落胆具合が凄まじく、彼女は慌てて訂正した。
「…いいよ、そんな無理に励ましてくれなくて…」
やはり、彼には多大な迷惑を掛けていた事を知り、溜息交じりに、英里はそう言った。
「だーかーら、ほんっとに冗談なんだって!」
「…ほんとに?」
「ほんとほんと!英里程度の酔っ払いなら可愛いもんだって。くだ巻いたり、吐いたりなんて全っ然してなかったから」
「…。」
複雑な表情のまま、英里はとりあえずその言葉を信じる事にしたのだった。
「あのさ、陽菜…」
「ん?」
「もし、迷惑じゃないなら…明日もう1日だけ泊めてくれないかな」
「……何かあったの?」
「ちょっと今うち両親が旅行でいなくて…1人だと淋しいから」
また、彼女にも彼と同じ嘘を吐いてしまった。
だが、自分の事ならまだしも、あまり両親の不和については触れたくなかった。
「あ、だから昨日も誰も電話に出なかったのか。うん、全然構わないよ。でも、こういう時、先生に頼ったりしないの?」
「……うん」
率直な彼女の疑問に、英里は少し口ごもった。
次に彼と会う時に、自分が平静でいられるのかわからない。今は、こうやって、友人と他愛ない話をしながら過ごしている方が、心が休まるのは確かだった。
「あ、もしかして寝かせてもらえないとか?」
「はぁ?」
友人の言葉に、英里は、わけがわからないといった感じの声を上げる。
「いやー、いっつも穏やかな顔してるけど、あの先生がどんな風に英里の事抱くのか気になって気に…」
「ちょっと!何変な事言ってんの!?」
話がおかしな方向に向かい始めて、英里は慌てて跳ね起き、彼女を睨み付ける。
事実をはぐらかして答えたのは確かだが、完璧に曲解されている。
「んな事でいちいち照れなくても…」
「…だって…こんなの人に言う事じゃ…」
英里の初々しい反応を、陽菜は楽しそうに見つめる。
「英里ってさ、からかうと面白いよね。さ、そろそろ寝よっか。おやすみ〜…」
にっこりと微笑んで、そんな事を言うと、彼女はさっさと横になってしまった。
「…おやすみ」
心乱された英里は、そんなに簡単には眠りに就けなかった。
(陽菜の意地悪…)
よく、圭輔にもからかわれるが、2人が意地悪なのではなくて、単に自分がからかわれやすいだけなのかもしれない…。
そう考えると、英里はしてやられてばかりの自分自身に、何となく悔しさを感じるのだった。


翌朝、英里は陽菜の家を出て、今は大学から帰る途中だった。
昨夜は、今晩も彼女の部屋に泊めてもらおうと思っていたのだが、今朝、洗面所でコップの中に並んで置いてあった2本の歯ブラシを見つけると、何となく居座るのも申し訳ない気分になった。
彼女が今付き合っている男性のものだろうか。だとすると、自分がいると邪魔になってしまうかもしれない。
…そもそも、自分は何のために家出をしたのだろう。
両親の事、自分自身の事を1人になってじっくり考えるつもりではなかったのか。
淋しさに負けて、つい知り合いに頼りがちになっていた、自分の弱さを恥じた。
そう思い立つと、すぐに彼女に昨夜のお礼と、今日はやっぱり家に帰る事にするとメールをした。
家を出てもう4日目になる。
そろそろ、両親のうちどちらかは、自分の置手紙に気付いてはくれただろうか。
何の連絡もないところを見ると、まだどちらも帰っていないのか、または気付いても敢えて放っているのか。
どちらにしろ、干渉されない方が彼女自身にもありがたかった。
両親のどちら側について行くかどうかなんて、もうどうでも良かった。
経済面はきっとどちらについても不安はないだろうし、どうせなら名字が変わらない父方につこうかと安易に考えている位だ。
確認するために、一度自宅へ帰っても良かったのだが、何となく両親と顔を合わせたくなかった。
…あと少しだけ、待ってみようと思っていた。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 95 夕焼けの窓辺 97 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前