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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-23

両親のどちらかでも、自分を必要としてくれるならば、もうそのままそちらへついて行こうと決めていた。
(もう4日…ううん、まだたった4日しか…)
暮れなずむ夕焼けの赤い空を、電車の窓からぼんやりと眺めていた。
それからもうしばらくの間、鈍行の電車に揺られて、目的の駅まで行き、改札を出る。
あまり食欲が湧かず、ごく軽く食事を済ませた後、本屋の中をあてもなくぶらついた。
一番目立つ場所に平積みにしてある、その月の新刊の小説を物色し、目に留まったカバーや、惹かれるキャッチコピーの帯がついているものを適当に手に取って立ち読みしてみても、なかなか続きを読みたいと思えるような本に出会えなかった。
そこで時間を潰すのにも限界を感じ、諦めて本屋の入り口を出ると、日が暮れてもうすっかり夜だった。
(今夜はどうしようかな…)
今日から、そろそろ本格的なホテル暮らしになるだろうか。
カバンの奥の、圭輔から貰った合鍵に触れる。彼の厚意は嬉しいが、やはり使えない。
でも、お守り代わりに肌身離さず持っていようと思い、キーホルダーに通して、大切に持ち歩く事にしていた。
駅の周辺にある、できるだけ料金が安めのホテルを探していると、ある看板が英里の目に入ってきた。それは、24時間営業のインターネットカフェに併設された漫画喫茶だった。
駅から少し離れたところにひっそりと建っている雑居ビルのテナントの1室に、こんなお店が入っているなんて、今まで意識していなかったため全く気付かなかったが、ホテルに泊まるよりも格安で、何より楽しそうだ。
どうせ明日は土曜で大学の授業もないし、ここで徹夜しようかと、英里は何気なくその少し古ぼけたビルの細くて急な階段を昇っていった。


興味本位で入った漫画喫茶は、思っていたよりも居心地が良かった。
子供の頃に読んでいた少女漫画を読みながら、英里は時間を潰していた。年を重ねるにつれて自然に読まなくなっていき、結末がわからなかったままの作品が多く、つい夢中になってしまう。
―――それから、もう3時間以上は経っただろうか。
ここに入ったのが確か夜の8時過ぎだったはずなので、今は深夜12時を回っていた。
それまで久しぶりに漫画を読み耽っていたので、周囲の様子に気を配っていなかったが、男女共にそれなりの人数客が入っていた。深夜なのでそんなに人もいないだろうと思っていたが、週末のせいだろうか。
こんな時間にこんな場所で1人でいるのが、とても不思議な気分だ。それまでの自分だったら絶対にやらないような事を、今やっている。不謹慎ながら少し胸が躍った。
(それにしても、さすがにちょっと眠いな…)
個室の部屋を頼まなかったため、他人が大勢いるオープンスペースで居眠りしてしまうのは危ないだろう。
眠気を堪えながら、それまでずっとほったらかしていた携帯を見ると、何通かメールが来ていたので、ざっと目を通した。
数人の友人からの何気ないメールと、圭輔からのいつものような簡潔な内容のメールだった。



深夜の0時半過ぎ。
きりの良いところまで仕事を終えた圭輔は、腕を上げて軽く伸びした。
ずっとパソコンと向き合っていたせいか、肩と首がだいぶ凝っている。それをゆっくり解していると、携帯の着信ランプが点灯した。
(…英里?)
携帯を手に取ると、まさに連絡を待ちわびていた彼女からだった。
数時間前に、彼女は今どこにいるのかメールを送っていたのだが、あまりにも遅すぎる返信だ。
ほんの少しの不安を表情に滲ませながら、彼女からのメールを読んで、圭輔は嘆息を漏らす。
2行程度の短い文面は、素っ気無く、彼女の彼に対する気持ちの深浅の表れのように思えてならなかった。
(ったく、こっちがこんなに気にしてんのに…)
今日こそは彼女が来てくれるだろうと思っていたが、また予想が外れた。
彼女からの返信によると、どうやら今は漫画喫茶に居て、そこで夜を明かすつもりだ、という事らしい。
昨夜は友達の家に泊まったという事で、残念に思いながらも大して心配はしていなかったが、今夜は場所が場所だけに少し心配だった。
彼女がいるという駅はここから車で行くには少々遠い。しかし、深夜の1時に近いこの時間ではもう終電も間に合わないので、今から連れ戻しに行くわけにもいかず、もどかしい。
(つーか俺って、漫喫以下なのか…?)
ふと、そんな思いが脳裏を過ると、何だか無性に腹が立ってきた。勢いに任せて、こんなメールを送りつけてしまう。
『…何かさ、俺の事避けてる?』
彼女は、眠っていないだろう。だが、返事は来ないと踏んでいた。話していると、彼女は自分に不利な状況になった時は俯いて、黙り込んでしまう癖があるからだ。
返事が来なければ、それは肯定の意思表示として受け取るつもりだったが、思いの外早く返事が来た。
『そんな事ないですよ。』
たった一言、何の弁解もなくそれだけだった。
(まぁ、そうとしか言いようがないよな…)
もし避けられていたとしても、はいそうです、などとバカ正直に返事が来るはずがない。圭輔は、すぐに返信した。
『じゃあ、何でうちに来ないんだよ。』
今度こそ、英里からの返事はないだろうと思っていたが、またもや彼女から大して間を置かずに返事が来た。
『たまたま行った漫画喫茶が楽しくて…。気付いたら電車がなくなる時間になっちゃったからです。』
「…。」
圭輔は、ディスプレイの文字を見つめて、眉を曇らせた。
どうも、核心部分を上手くはぐらかした答えを返されたような気がする。もう、このやり取りが無意味に感じてきた。
やはり、急にここに来たあの時、彼女に何かあったに違いない。
確信はないが、そう思った。
片道1時間近く掛かろうが、構わず彼女の元へ行って、直接問い詰めてやりたくなる。
『わかった。でも明日は朝イチでうちに来て。そこから直接でいいし、絶対な。』


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