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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-2

観念した英里が目を瞑ろうとした瞬間、
「ふわふわで可愛いってとこは当たってるかも」
そんな事を言いながら、ぷにぷにと弾力のある柔らかい頬を、圭輔は指でつつく。
英里は一体何が起こったのかわからず、頭の中の思考回路が一時停止してしまう。
目の前の圭輔の表情は、嫌味なくらいにっこりと笑みを湛えている。
しばらく絶句した後、事態を把握して、かーっと顔に血が急上昇していくのがわかった。
素っ気無いふりをしたいのに、態度がすぐ表情に出てしまう英里の顔は、羞恥と憤懣で真っ赤だ。
「…英里ちゃん、もしかして何か違う事考えてた?」
簡単に騙された自分も情けないが、口の端を上げて意地悪そうに微笑む彼が、憎たらしくてたまらない。
英里は無言のまま早足でさっさと歩いていく。
「ごめん、ごめんって」
圭輔もすぐさま後を追う。
口ではそんな事を言いながらも、彼の顔はまだ緩んだままで、説得力がない。
(ばかばか、すっごく恥ずかしかったのに……!)
英里はそう強く恨みながら、彼を一度も顧みることなく、人ごみを掻き分けて、水族館の中をずんずんと進んでいった。



―――季節はお盆を疾うに過ぎた8月下旬。
英里が大学3年生で21歳、圭輔が教師となって4年目で26歳の夏休み。
2人が知り合ってから、4年以上経つ。
常に順風満帆というわけでもなかったが、2人の関係は今でもすこぶる良好だ。
相変わらず彼は忙しかったし、互いの予定が合わずに長く会えない時が続く事もあったが、以前よりも頻繁にメールや電話をするようになった。
今年の彼女の誕生日も忙しくて会えなかったので、その埋め合わせとして、あの高校卒業前の旅行以来の泊り旅行に来たのだった。
圭輔は英里の行きたいところへどこでも連れて行くと言ったのだが、彼女はまたどこか水族館に行きたいとリクエストしたのだ。
生き生きと楽しそうにしている彼女を見ていると、圭輔はそれだけで連れてきた甲斐があったと感じる。
しかし。
ホテルに帰った後も英里の機嫌は一向に直らなかった。
夕食も済ませ、部屋に戻った2人だが、癇癪を起こした英里はそっぽを向いたまま、ベッドの縁に腰掛けている。
「…いい加減、機嫌直してよ」
圭輔は、今日もう何度繰り返したかわからない台詞を口にする。
英里は無言のまま、相変わらず彼から顔を背けたままだ。
「そんだけ期待させたんなら悪かったけどさぁ…」
それまで沈黙を貫き通していた彼女も、そのぞんざいな言い方にかちんとくる。
「…期待なんかしてないです。圭輔さんとはもう絶対キスしないから」
謝罪の台詞も、にべもなく突っ返され、取り付く島もない。
確かに、悪い事をしたと自覚している圭輔もさすがに焦れったくなってきた。
まだ、彼にとってのお楽しみはこれからが本番なのに、このまま流れてしまっては堪らない。
圭輔はおもむろに立ち上がって、ごそごそとカバンの中身を漁り始めた。
彼が何をしているのか当然英里は気になったが、今振り向くわけにもいかない。
圭輔はお目当ての物を探し当てた後、そんな英里の背後から顔だけ覗きこむようにして軽く口付けた。
彼の予想外の行動に、彼女の体が一瞬びくりと弾んだのを、軽く触れた肩から感じる。
「無理矢理しちゃったけど」
悪びれもしない彼の調子に、英里はまた沸々と怒りが込み上げてきて、振り向いて文句を言おうとした次の瞬間、
「これ…」
彼女の目の前に、くるっとした大きな黒い目が愛らしい、ふんわりとしたものが現れる。
「何かわかる?」
圭輔もベッドの上に座って、そう問うと、
「イルカの、ぬいぐるみ」
そうとしか言い様がない彼女は、ぼんやりと答えた。
「やるよ。今日のお詫び」
大きさは30センチ程のそのぬいぐるみを手渡すと、彼女は両手で素直に受け取る。
単純な…見ようによってはちょっととぼけた顔をしたそのぬいぐるみを見つめていると、嵐のように荒れていた英里の心の波はだんだんと凪いでいくような気がした。
「いいんですか?」
その時、初めて英里は隣に座っている圭輔の顔を真っ直ぐに見る。
「俺が持ってても仕方ないだろ。それに、みやげ何も買ってなかったみたいだし」
手持ち無沙汰の圭輔も、その水色のふわふわとしたぬいぐるみの頭を撫でながら、ぶっきらぼうに答えた。少し、これを手渡すのが気恥ずかしかったのだ。
「可愛い…ありがとうございます」
愛嬌たっぷりのイルカのぬいぐるみを見つめていると、英里の頬は自然に緩んでゆく。
あの後はとにかく苛々していて、満足にお店も見なかった。
彼はいつの間にこんなものを買っていたのだろう。
「ごめん、今日はちょっと悪ふざけが過ぎた。…許して?」
彼女が徐々に機嫌を直しつつあるタイミングを見計らって、圭輔はもう一度謝罪すると、英里はじっと彼の顔を見つめる。
「もう、いいです。許します」
英里は貰ったばかりの柔らかいぬいぐるみを腕に愛おしそうに抱きながら、そう答えた。
また1つ、彼からのプレゼントが増えた事が純粋に嬉しかった。
圭輔はほっと安堵の息を吐いて、そんな英里の肩を抱き寄せる。
「…今日、疲れた?」
「いいえ、全然!楽しすぎて疲れなんて忘れてました」
思わぬ愛らしい伏兵の出現で、怒る気力など根こそぎ削がれてしまった英里は明るく答えると、
「そっか、良かった」
そう短く言い終えた途端、圭輔は英里の耳朶を唇で挟む。
「ひゃっ!なっ…」
突然の生温かい感触に、英里はうろたえた。
「これから、もう少し頑張ってくれる?」
ゆっくりと英里の髪の毛を梳きながら、流し目に見つめた。2人の間の雰囲気が一変する。
まただ。また、この何か企んでいるような笑顔だ。
「え、な、何を…?」
英里は苦笑いを浮かべながら、さり気なく身を離そうとするが、圭輔はそれを許さない。
「…はっきり言った方がいい?」


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