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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-17

さすがに、本格的に眠りに就かれると困るので、友人はもう一度英里を揺り起こそうとするが、一向に目を覚ます気配はない。
「んんっ…」
英里は眠そうな声を上げて、寝返りを打ち、テーブルに伏せていた顔が友人の目に映った。
白い肌はすっかり酔ってしまったせいで、桃色に染まっている。
そして、その眦から涙が零れたのを見て、彼女は息を呑んだ。
「英里…泣いてるの?」
当然、その友人の問いに対する英里の返事はない。
たとえ英里が目覚めていたとしても、彼女は真相を明かしてはくれなかっただろう。
普段から、自分の事はあまり話さない方だったため、自分と英里の会話の割合は大体7:3ぐらいだ。
きっと、今も何か悩んでいる事があるに違いない。
彼女は英里の表情を眺めながら、胸を痛めた。
…とりあえず、このまま英里をほうっておくわけにもいかない。
友人は、心の中で謝罪しながら、英里のカバンから携帯を探して、アドレス帳を開く。
あまり社交的な方でない彼女らしく、アドレスの登録件数は20件あるかないか位だ。
彼女が住む家とは全く方向が違うので、自分で送るわけにもいかず、英里の自宅に電話して両親に迎えに来てもらおうと思っていたのだが、生憎不在のようだ。
「こんな時間なのに、何で誰も出ないのよ…」
何度コールしても繋がらず、仕方なく切ると、その拍子にどこか他のボタンに触れてしまったのか、着信履歴が表示される。
そこに表示された名前に、彼女は思わず目を瞠る。
(え、これって……)
ディスプレイに表示されている名前に、彼女も見覚えがあったのだ。
決して珍しい名前ではないし、同姓同名の別人かもしれない。
だが、これが本当に自分も知っているあの人だとすれば?
着信日時はどれも最近のものばかり。今でも英里と繋がりがあるというのならば、もしかして…
ある可能性に思い当たり、携帯の画面を見つめ続けていたが、思い切って、通話ボタンを押すと、すぐに繋がった。
「…英里?」
微かに聞き覚えのあるその男性の声に、どきりと胸が高鳴る。
やはり、思い浮かべていた人物だった。
そして、元教え子を親しげに名前で呼ぶなんて、もう1つの予想もどうやら当たりのようだ。
彼女は、ごくりと唾を呑み込んだ。いきなり知らない人間が出て不審に思われないよう、慎重に言葉を選ぶ。
「こんばんは、突然すみません。私、英里の友達なんですけど、ちょっと彼女酔い潰れて倒れちゃって、迎えに来てもらえないかと…」
どう切り出そうか悩んだ末、無難に挨拶から始めて、事情を説明する。
「本当に?わざわざありがとう。迎えに行くから、場所教えてくれる?」
「あ、はい。場所は駅前の…」
電話を切って、彼女は力が抜けたように、椅子に深く腰を下ろす。
きっと知ってはならない、英里がひた隠していた事を、故意にではないとはいえ、知ってしまった。
複雑な表情で、眠っている英里を見つめながら、連絡した人物の到着を待った。


「遅くなってごめん、穂積さん」
しばらく待った後、名を呼ばれた彼女―――穂積陽菜が振り向いた先には、かつての高校教師、長谷川圭輔の姿があった。
「…覚えてくれてたんですか?」
まさか自分自身の事を覚えていてくれたとは思っておらず、彼女は目を丸くする。
「あぁ、電話くれた時から聞き覚えある声だと思ったけど、やっぱりそうだった。高校の頃も英里と仲良かっただろ」
「あ、はい…」
呆気に取られたように、彼女は生返事をする。
高校時代、彼女のクラスの数学担当教師だった彼と、今の彼のギャップに少なからず戸惑った。
こんなくだけた喋り方をするのを聞いた事がない。穏やかな笑顔は高校の時の記憶のままだが、今の方がどことなく自然に微笑んでいるように見える。
卒業後、久々に見るかつての教師は、年齢も20代半ばとなり、当時よりも男らしさと深みが増したような気がした。
2人のやり取りなど露知らず、相変わらず、酔いでほんのり顔を赤く染めたまま、英里は気持ち良さそうに眠り込んでいる。
「あーぁ、完全に寝入ってるな」
そんな彼女の様子に、圭輔は苦笑いを浮かべる。しかし、その表情には、迷惑そうな色は微塵も見当たらない。
その優しい眼差しを見て、あの穏やかな表情は、自分を通して、英里に向けられたものなのだと彼女は察した。
無理に起こそうとせず、英里の体を抱えあげると、彼女はうっすら目を開いたが、またすぐにとろんと目蓋を閉じて眠ってしまった。
「穂積さん、もう遅いから家まで送って行くよ」
その様子をぼんやりと眺めていた彼女は、突然自分に話が振られて目を瞬かせる。
「え、えっと、ここから近いし、1人で大丈夫です」
「そうか?遠慮しなくても」
「いえ、ほんとに、ここから歩いて5分もかからないんで!それより英里を宜しくお願いします。最初に家に電話してみたんですけど、誰も出なくて…」
「じゃあ、気をつけて帰れよ。連絡してくれてありがとう」
これ以上余計なお節介を押し付けるのも申し訳ないと思い、圭輔はそう告げた。
こんな夜更けに親しくもない男を家に近づけるのも、確かにあまり好ましくない。
店を出ようとする彼の背中に、
「あのっ、先生と英里って…付き合ってるんですか?」
今更聞かずとも明白だが、彼女は気付けばそんな事を口走ってしまった。
その問いに対して、振り返った圭輔は、ただ無言で優しく微笑んだ。
それが、答えだった。
これ以上ない程、言葉よりも明確な答えを行動で示されて、彼女は何も言えなかった。


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