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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-18

―――2人が店を出た後、彼女は塞ぎ込んだ思いを抱きながら、とぼとぼと家までの道を歩いていた。
歓楽街が近く、深夜でもまだ多くの店が開いており、明々とした光が道を照らしている。
仲睦まじさを存分に見せ付けられた後の、1人の帰り道というのはとても惨めで寂しい気分だ。
先程の様子を見たところ、付き合って日が浅いといった感じはしなかった。英里を迎えに来た時の圭輔の反応や対応には何一つぎこちないところがなく、長く付き合っている者同士の独特の雰囲気というか、信頼感みたいなものが滲み出ていたようだった。
いつから、あの2人はそういう関係なのだろう。
卒業した後か、それとも高校に通っている時からなのか。
前から英里が言っていた、遠距離恋愛で付き合っているという社会人の彼というのは、教師であるあの長谷川圭輔の事だったのだろうか。
…そして、あの涙の理由も…。
さすがに、それまでは考えすぎだろう。
だが、考えれば考える程、気になっている事とは別の、もやもやとした感情が沸き起こってくる。
一般的に、教師と生徒が付き合っているなど、周囲に知られてはならない関係だろう。それは、わかっている。だが、英里と自分だって、付き合いは長い親友だと思っていたのに。
(あたしにくらい、教えてくれてもいいじゃんか…)
彼女は、淋しそうに目を伏せる。
あの2人の関係を知って、勿論驚いた。しかしそれ以上に、自分にすら打ち明けてくれなかった事が、彼女にとって一番堪えたのだった。



「う…んん…」
英里が目を覚ますと、辺りは真っ暗闇だった。
閉ざされたカーテンの隙間からうっすらと街頭の明かりが差し込んで、彼女の顔を仄かに照らす。
「うっ…」
ゆっくりと体を起こそうとすると、今までに感じた事のないような胸のむかつきを覚える。
臓腑の奥から込み上げてくるような、嘔吐感と頭痛。
平衡感覚も少々おかしいようで、立ち上がりかけた足元がふらつき、床に手をつく。すると、手の平にふわりとした柔らかい感触が伝わった。どうやら布団に寝かされていたようだ。
「…陽菜…?」
絞り出すような声で、友人の名を呼ぶが、返事は無い。
2人で居酒屋に居たはずなのに、一体どうなったのだろう。
英里は再び、周囲を見回すと、少し目が闇に慣れてきたようで、視界がはっきりしてくる。
「ん……起きた?」
見覚えのあるような部屋だと思った瞬間、声を掛けられる。
「…どうして圭輔さんが…?」
圭輔もゆっくりと上半身を起こす。英里の隣に寝ていたようだ。まだ少し眠たげな声で、
「どうしてって、ここ俺の部屋だから」
「えぇっ!?」
自分の意識がない間に何が起こったのだろう。
確か、友人と2人で居酒屋に居たはずなのに、いつの間にここへ来たのか。わけがわからず、英里は頭を抱える。
「頭痛い?水でも飲む?薬は?」
その様子を見て、圭輔が甲斐甲斐しく問いかけると、英里は素直に好意に甘える。
頭痛だけが原因ではないのだが、そう言われると酷く喉が渇きを訴えてきたような気がした。
「じゃあ、すみません、お水だけ…」
彼が持ってきてくれたグラスを受け取る。
冷たい水が喉を潤す度に、英里の心臓もドクドクと鼓動を打つ。
自覚のないうちに何か粗相でもしたのではないかと、不安でならなかった。
一気にグラスの水を飲み干し、ふっと短く一息吐くと、恐る恐る話を切り出す。
「あの、その、私…どうしてここに…」
「友達から、英里が酔い潰れてるからどうにかしてくれって連絡が来たんだよ」
圭輔の言葉に、英里は身を固まらせた。
あの時居合わせたのは、いつものあの友人…穂積陽菜しかいない。
しかし、自分が付き合っている男性が、友人にとってもかつての教師であった長谷川圭輔だとは一言も告げていないのだ。
どうやって知ったのだろう。自分では隠しているつもりだったのだが、もしかしてずっと前から知られていたのだろうか?
もしかして、酔い潰れていた時に、うっかり口に出してしまったのだろうか。
記憶が、ない。
様々な考えを巡らせていると、また違う意味で、心臓の鼓動がドクドクと大きく波打つ。
(どうしよう…ばれたの?)
「…英里?」
眉を顰めて、自分の手元を凝視したまま止まってしまった彼女に、圭輔は心配そうに声を掛ける。
はっと、我に返ったように、英里は視線を彼の方に戻すが、明らかに動揺している表情を隠せなかった。無意識のうちに力を入れてグラスを握っていたのか、爪の先が白くなっていた。
「どうかしたのか?」
「あの、どうして圭輔さんに連絡したのかなぁって…」
英里は曖昧な表情を浮かべて、慎重に言葉を選びながら言う。
「先に家に連絡したらしいけど、誰も出なかったからってさ。家、0時近いのに誰もいないのか?」
圭輔は、連絡をくれた彼女が高校の頃から英里の親しい友人だという事もわかっていた。当然、自分達の関係も知っていて連絡をくれたのだろうと思っており、特に気に留める風でもなく、自分自身の率直な疑問をぶつける。
「え、えっと…」
また、新たに頭を悩ませる事が増え、英里は少し口ごもった。家出をしているという事は、どうしても伏せておきたかった。
「両親が、海外旅行に行ってて、10日位帰らないんです」
苦笑いを浮かべながら、咄嗟にそう答えた。
「え?じゃあ、今あそこに英里一人で住んでるのか?」
「はぁ、まぁ…そうです」
曖昧に返答する英里に、圭輔は、
「じゃあ、帰ってくるまでここにいれば?はい、決まりな。ごめん、明日早いからもう寝るわ…」
欠伸交じりにそう矢継ぎ早に告げると、また布団の上に横たわる。
「そんなっ、迷惑掛けられない…」
その一方的な提案に、英里は慌てて、圭輔を揺り起こそうとすると、肩を掴まれて無理矢理布団に寝かしつけられる。
湿気くさくない、ふんわりとした布団と、枕の感触が頬に伝わる。


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