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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-13

「…秘密です」
英里は、隣を歩く圭輔の方を見上げると、意味深に微笑んだ。
彼女は帰りに社務所で何かを購入していたようだった。
再び鳥居を潜ると、炎天の夏空が2人を迎えた。昼下がりの一番強い日差しが燦々と降り注ぐ。
「うわ、暑いな〜…」
空を見上げると、まだまだ太陽の位置は高い。
手を翳してうんざりとそう漏らした圭輔の首筋を、汗が伝う。彼の額に、英里はそっと手を伸ばすと、ハンカチで汗を拭った。
「あっちに、アイスが売ってましたから、ちょっと買ってきますね」
晴れやかに微笑みながらそう言うと、彼が引き止める間もなく小走りに彼女は行ってしまった。
今日の彼女は長い髪を1つに束ねていて、走る度に陽炎のようにゆらゆらと揺れ動き、白いうなじが見え隠れする。
それから、すぐに英里は帰ってくると、両手にしたアイスを示して、どちらが良いか笑顔で圭輔に尋ねた。彼女も額にうっすらと汗を浮かべていた。
「冷たくて美味しいですね」
偶然見つけたちょうど木陰に入る石造りのベンチに腰掛けて、英里は早くも溶けかけているアイスを口にする。
彼女のふっくらとした唇が、舌がアイスの表面に触れる度、圭輔の胸は騒ぐのだった。こんな真っ昼間から俄かに生じた卑猥な気持ちを打ち消すかのように、話を切り出した。
「あのさ、お金…」
「そんなの、いいですよ。ここまで連れてきてくれたお礼です」
数百円程度のものなので、それ以上圭輔は食い下がらなかったが、仮にも社会人と学生なのだから、できる限り自分が出したいと思う。
しかし、英里も奢られるのは嫌いなようで、大抵の場合割勘にしようとするのだった。
彼にだって男としての矜持があるので、払う・払わないとそれだけでひと悶着起こる。
(…まぁ、確かにまだまだ経済力低いけどな)
隣に座る英里に悟られないよう、圭輔は情けない溜息を小さく漏らした。
「…圭輔さん、食べるの早い」
まだ半分以上アイスを残している英里が、彼の手元をちらりと見遣り、ぽつりと呟いた。
「そうか?あ、英里の溶けそう…」
「え、えっ!」
慌てて自分のアイスの方に視線を戻した、それと同時に、圭輔は英里のアイスに齧り付いた。
「あ――っ!」
「うん、うまい」
「酷い…」
たった一口で結構な量を食べられてしまい、英里は恨みがましそうに圭輔の顔を見上げた。
「ごめんって、お詫びにまた買ってきてやろうか?」
「2つもいらないです!もう…」
油断も隙もあったものじゃない、そう思いながら再びアイスに口を付けようとするが、唇が触れる寸前で彼女の動きがぴたりと止まった。
先程彼が口にした部分だと思うと、自分が続けて食べるのが妙に照れくさい。
見られると恥かしいので、圭輔がこちらを向いていない時にさっさと食べてしまおうと、彼の様子を窺っていると、
「あ、アイス溶けそう…」
英里の持ったアイスを見ながら、また、圭輔がそんな事を言い出した。
「そんなの、何度も騙されるわけ…」
「いや、今度はほんとだって」
そう言われて、英里は再びその方に目をやると、ちょうど溶けたバニラのアイスクリームが、コーンを握った英里の手を伝っていた。
「…。」
英里は黙って、カバンから取り出したティッシュで、それを拭った。
「ま、こんだけ暑いと、すぐ溶けちゃうよな」
日陰の外は、相変わらず、じりじりと強い直射日光が照りつけているようだ。
遠くに見える、まるで山の稜線の隙間から湧き出しているような入道雲を眺めながら、圭輔は、そんな英里の様子を好ましく感じるのだった。



「すごく楽しかったです。どうもありがとうございました」
その日の夕方頃に、圭輔は英里を自宅まで送り届けた。
穏やかに微笑んでいる彼女の顔を見ていると、いつも離れがたい気持ちになる。
このまま抱き締めて、自分の部屋まで連れて行きたい。
そして、ずっと自分の手元から帰したくない。
そんな狂おしい思いを内心に秘めつつ、圭輔は柔らかく微笑んだ。
「…あの、これ…」
別れ際に、英里はおずおずと小さな紙の袋を手渡した。
「何…?」
とりあえず、それを受け取ると、圭輔はもう一度英里の方に視線を移す。
「さっき、買ってきたお守りなんです。良かったら、持ってて下さい」
頬をうっすら染めて、英里ははにかんだように微笑む。
「……ありがと」
とりわけ信心深い方というわけでもないので、こういったお守りの類を今まで手にした事がほとんどない彼は、特に英里を詮索する事もなく、しげしげと珍しそうにそれを見つめた。
突然こんな物をくれるなんて、交通安全のお守りか何かだろうか。
「じゃあ、またな…」
「はい、気をつけて下さいね」
英里は軽く手を振って、圭輔を見送る。
彼女らしい、淡い控えめな笑顔は、彼が遠ざかっていくにつれて、徐々に硬く無機質なものへと変わっていく。
手を振っていた腕を下ろすと、両肩に一気に重みが圧し掛かってきたような感覚を覚える。
本当に自分勝手で、弱い人間だ。
隠しているのは自分なのに、心のどこかでは気付いて欲しい…この空洞を埋めて欲しいなどという理不尽な思いを抱いている。
しかし、彼に迷惑は掛けられないし、愛情と憐憫を一緒くたにされたくはない。
ここが、自分が彼に見せられるぎりぎりの境界線。これ以上は、もう見せてはいけない。
…圭輔の車が完全に見えなくなっても、英里は虚ろな目でしばらくその方向を見つめ続けた。


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