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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第6話-12

サンダルを手に持って、英里はのんびりと波打ち際を歩いていた。
歩く度に砂浜に残された彼女の足跡は、すぐに波に浚われて、泡と共に消えてゆく。
寄せては返す波の泡が、朝日に煌いて美しい。
少し沖の方へと足を進めると、七分丈のパンツの裾を、波が僅かに掠めて濡らすが、英里は気にせずにそこに立ち尽くす。
…今は、この旅行中で初めて圭輔と離れた1人きりの時間。
英里の胸の内に、その間忘れていた事が思い出される。
帰れば、嫌でも直面しなければならない現実。
何があったかは、圭輔にも話していない。悲しい気分を持ち込みたくはなかった。
だから、沈んだ表情をするのは、今この瞬間だけ。
部屋に帰ったら、またいつもの自分に戻らなければならない。
だから、今だけは…。
一滴だけ零れ落ちた涙は、白波と混ざって、遠ざかっていく…。


太陽の位置がどんどん高くなるにつれて、日差しが強くなる。
差し込む光の眩しさに、圭輔は目を擦りながら、寝返りを打つと、どうも彼の体の片側にあるはずの温もりがない。
ゆっくり目蓋を開いて、辺りを見回すが、やはり彼女の姿が見当たらない。
ちょうどその時、ドアが控えめに開く音がし、彼の探していた人物が姿を見せた。
「あ、おはようございます」
圭輔が目覚めている事に気付き、一瞬目を丸くするが、英里はすぐに柔らかく微笑んだ。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと早く起きすぎちゃったから、下の砂浜まで散歩に」
「ふーん…」
彼女が部屋に入ってきた瞬間、潮の香りが鼻腔をくすぐった様な気がしたが、そのせいらしい。
まだ寝起きで頭がすっきりとしないままの彼は、特に深く考えずにそう相槌を打つ。
上半身裸の圭輔を見ていると、昨夜の情事の様子が俄かに思い出されて、思わず英里は目を逸らす。
「どうかした?」
もう自分の裸など見飽きている位見ているだろうと思っている圭輔は、彼女がそんな事を気にしているなど思いも寄らない。
「…いや、寝ぐせすごいなぁと思って」
「仕方ないだろー、寝起きなんだから…」
圭輔は憮然とした顔で、頭をぐしゃぐしゃと掻くと、ますます髪の毛のはねが強調される。
英里は、そんな彼の姿を微笑ましく思いながらも、早く服を着て欲しいと切に願う。
「…英里が、俺より早く目ぇ覚めるのって珍しいよな」
ふと彼が漏らした他愛ない疑問に、微かに英里の顔が強張る。
彼はこういうところが妙に聡い。
確かに、ベッドの中ではどちらかと言えば英里がいつも圭輔に翻弄され、すっかり疲れきって深く眠りに就いてしまうのが常なのだ。
きっと、今回は心の奥底に引っ掛かっている、忘れようとしても忘れきれない出来事があったため、早く目覚めてしまったのだろう。
これから何か突っ込まれるのではないかと英里は少し気を引き締めるが、結局彼はそれ以上何も言わなかった。
「私が早起きなんじゃなくて、圭輔さんが疲れてたんですよ。……良く眠れました?」
英里はベッドの縁に腰掛けると、そう言ってごまかした。
「もうすぐ朝ご飯の時間だから、早く行きましょうよ。私、お腹空いちゃいました」
「…あ、そうだな」
勿論、下半身も裸のままなので、立ち上がりかけた圭輔から英里は慌てて顔を背けた。
洗面所に向かって、完全に彼が視界から消えたのを確認すると、彼女はほっと嘆息する。
さっきのやり取りに、何の違和感もなかったはずだ。
(たぶん、何も気付かれていないはず…)
さすがの圭輔も、こんな些細な遣り取りで、彼女の抱えている悩みまでは推し量れなかった。


ホテルをチェックアウトした後、すぐに帰らなくても多少時間に余裕があるので、これからどこか行こうかと話し合っていると、助手席でぱらぱらとガイドブックを捲っている英里が、
「えーと、この近くにある神社に行きたいです…有名なところなんですよ」
「神社ぁ?このクソ暑い時に?」
つい、彼は不服そうな声を発してしまう。
神様を拝むより、どうせなら海にでも行って、彼女の眩しい水着姿でも拝みたい。実は既に提案済みだが、泳げないし、水着なんて着たくないと頑なに拒否されてしまったのだった。
真夏にも関わらず、彼女は普段の服装ですら露出の低いものばかりで、少し残念な気がしなくもない。そのせいか、彼女はほとんど日焼けもせず、相変わらず色素の薄い透明感のある肌をしていた。
「お願いします…少しだけでもいいから、行きたいんです。あ、それか私1人でさっとお参り行ってきますから、ちょっとだけ待ってて下さい」
「…いいよ、そんなに行きたいんなら俺も一緒に行くから」
運転中の圭輔は、英里の顔を見ずに、そう答えた。
彼女が時折垣間見せる、空虚な胸の内。それを知ってからは、何かを熱心に頼んでくる時は、なるべくその願いを聞き届けてやりたいと心に決めているのだった。


そこまで規模は大きくないが、周囲を青々とした緑に囲まれた、立派なお社だった。
大きな鳥居の先には、本殿に続く重厚な石畳の参道が長く延びている。
鳥居を潜ると、神域に入ると言うが、鳥居の内と外では微かに空気が違って感じられた。
さっきまでは真夏の暑い日差しが容赦なく照り付けていたが、境内はたくさんの樹木の葉が覆い被さって地面に広く影を落としている。
圭輔は周囲を見渡すと、参拝客はまばらにいるようだった。
英里も参詣する人々に交じって、手水舎で柄杓を片手に、手を清めていた。
2人で、ゆっくりと参道を歩く。
木々の間を爽やかな風が吹き抜け、葉擦れの音が、耳に心地良く響き渡る。涼風がほんの少しだけ、秋の気配の訪れを感じさせた。
拝殿で参拝を済ませると、英里は満足そうな表情を浮かべていた。
「わざわざ付き合ってくれてありがとうございます」
「何を、熱心に拝んでたんだ?」


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