グッド・モーニング-2
「ちょっと、あなた」
わたしは、その男性だけに聞こえるような小声で囁いた。
パリッとしたスーツの男性は、それでも気づかないのか、何の反応も示さない。
もう一度、その男性の腕を軽く掴んで、同じ事をしてみた。
「ちょっと、あなた」
「……ん、何か?」
ようやくその真面目そうな男性はわたしに気づき、片言で返事をして、ちらと視線を下げた。
彼は特に何の感情も見えない素の表情をしていたが、視線を下げた瞬間に目線を一瞬逸らすような仕草を見せる。
その仕草を見て、わたしの心のどこかがじわりと疼いた。
わたしも、この男性と同様に黒のスーツを身に着けている。
そして、そのスーツの下の白いシャツは、胸元がやや開いたものにしていた。
もしかすると、シャツの隙間から下着の一部でも目に入ったのかもしれない。
男性は一瞬申し訳無さそうな顔をした。
スレていない、ウブな反応に、わたしの鼓動がさらに早まっていく。
わたしは、この男性にいくらか好感を持ち始めたが、それとは裏腹に少し冷たい顔をつくって言いやった。
「とぼけないで」
「……は? あなた、一体何をおっしゃって……?」
男性は、少し困惑した表情を浮かべている。
どことなく草食動物を思わせるような純朴な瞳は、いかにもいい人、と評されそうなものだ。
いい人ではあるが、しかし女性関係には恵まれていない。
わたしの勝手な直感だったが、そういう男を狙っていたのだ。
こういう純朴で正直そうな男性をわたしの身勝手な”趣味の時間”に巻き込むのは、いかに変態を自覚するわたしとは言え、心が痛むものはあった。
お芝居をしながら、心の中でこの男性には謝った。
でも、きっと悪い思いはさせないから。
わたしは、男性の腕をぎゅっと強く掴んだ。