8-3
キリがいない布団の中は、いつにも増してひんやり感じ、まるで四方八方を巨大水槽で塞がれているような孤独感があった。神様が今、欲しいものを一つくれるなら、俺はまごう事なく「キリ」と答えるだろう。それぐらい、物悲しかった。彼女を欲していた。それは性的な意味ではなく、傍にいて欲しかった。俺の手の届く範囲にいて欲しいと思った。
キリのお腹の傷口から生まれたあの子供は、今関さんとキリの子供。俺は今関健司ではなく桜井武人だ。それなのにキリはなぜ、俺に身体を許したんだ。子供を残してまでなぜ、俺の元にとどまっていたんだ。
全ての答えは、キリが握っている。キリだけが、本当の事を知っている。知りたい。でも、知らなくてもいいのかもしれない。欲張るのはやめだ。
俺を求めるキリがそこにいれば、俺が求めるキリがそこにいれば、それでいいではないか。
月のクレーターに落ちる夢を見た。そのクレーターは人の背丈よりずっと深くて、俺はそこから這い出る事は不可能だった。何度か壁面に爪を立ててみるが、砂壁のようにぽろぽろとはがれ落ちる壁面に、なす術が無かった。
その時、頭上を何かが横切った。
とても細くて、棒のようだけれど、人の腕である事は分かった。その腕が、自分の守るべき物である事も。
「キリ」
そう言った瞬間、俺は目を覚ました。手を伸ばす前に、目が覚めてしまった。
「キリ」
部屋の中に響く程に声を出した。しかし返事があるはずもなく、喉の奥が締め付けられるようになって俺は項垂れた。