12 魔眼の暴走-3
――どちらも最初から、優しかったわけじゃない。
あの時。
黒鱗に覆われ鉤爪の生えた手へ、カティヤは反射的に盆を投げつけ、引き裂かれるのをかろうじて逃れた。
しかし、そこで腰が抜け、石床にへたりこんでしまう。
黒と金の両眼が、怒りに燃えて睨みつける。重い鎖を鳴らし、黒鱗の腕が再び伸びた。
今度こそ逃げられなかった。
足首を掴まれ、するどい爪が柔らかな皮膚に食い込む。そのまま凄まじい力で引き摺り寄せられた。
痛みと恐怖に泣き叫び、石床に爪をたてて抗おうとしたが、無駄だった。
『たすけて!』 声を限りに叫んだ。
扉のすぐ外には兵がいる。彼らにこの叫びは聞えているはずだ。
けれど、誰も来はしない。幼い身にも、よく滲みていた。
物心ついた時にはもう奴隷市場に並べられていて、無数にいる消耗品なのだと教えこまれた。
代わりはいくらでもいる。
自分が消えたところで、誰も悲しんだりしない。
黒と金の禍々しい瞳が、灼熱の業火を放とうと光りはじめる。
硬いザラザラした腕にしっかり抱え込まれ、死の瞬間が迫るのを感じた。
そんな恐怖の極致で、精神の糸が狂ったのだろうか。
『あったかい……』
思わず、呟いていた。
光り続ける魔眼から、言葉に出来ない暖かなものが流れ込んでくる。
『ぎ……?』
少年のほうでも、驚いた様だった。
それでも黒鱗の腕は、カティヤを硬く抱き締め続けている。
無意識のうちに、カティヤも黒鱗の背へ腕を伸ばし、抱き返していた。
憶えている限り、抱き締めたのも抱き締められたのも、これが初めてだった。
とても心地よくて……これが死なら、もうこのままでいいと思った。
――どちらも最初から、優しかったわけじゃない。
王子は幼女を焼き殺そうとした。
幼女は王子を怪物と恐れた。
あの時と同じように、魔眼から放たれる黒と金の光が、カティヤに吸い込まれていく。
熱いのに冷たい光。
火を凍らせたような光は、カティヤの体内で無害な魔力へと作りかえられる。
入れ替えにアレシュの身体から黒鱗が消え、普通の皮膚へと戻っていった。
その胸元に、水滴がポタポタ落ちた。
「……おうじさま」
自然に出た自分の声は、ひどく舌足らずな幼いそれで……しかもぐしゃぐしゃに泣き濡れていた。
――ああ、そうだ。
あの竜は、お腹が空いて怒っていたんじゃない。
寂しくて泣いていたのだ。
孤独を埋める術も知らず、涙の代わりに業火を放ち、全てを焼き尽くしていた。
――どちらも最初は、互いを助けようなど思わず、ただ自分の不幸だけを嘆いていた。
偶然から出会い、たまたま利害が一致しただけ。
役立たずとされていた幼女は、王子を蝕む魔力を、無害に替える身体を持っていた。
それでも二人は……