6 学校に行こう!-1
『学校に行こう!』
フロッケンベルクの子どもは、誰でも六歳になる前の秋に、学校へ入る。
そこで読み書きや計算の基礎を学び、それから各々の能力に合わせて、錬金術ギルドや士官学校、その他就職などの進む。
一年上であるアンジェリーナ&ロルフの双子から、シャルは学校の話を色々聞いている。
イスパニラ国の学校とは、もちろん異なる点も多いだろうが、憧れの学園生活。
表面はクールに装いながらも、楽しみでたまらない。
そしてシャル以上にはりきっているのは、意外にも母のサーフィだった。
カレンダーを眺めてはニマニマし、国から支給される学用品が届くと、小包を持って玄関で小躍りしているのを見てしまった。
「あら?」
学用品の箱を覗いたサーフィが、首をかしげた。
「どうしたの、お母さま」
「その……やけに箱が小さいとは思ったのだけれど……」
サーフィはリストを舐めるように眺め、さらに首をひねっている。
「カトラリーセットやドレスは、各自で用意すれば良いのかしら?」
「ドレス?」
目を丸くし、シャルは聞き返した。
「テーブルマナーや作法の授業に必要でしょう?」
(そうだった!)
思わず、母をマジマジと見上げてしまう。
化粧は殆どしていないが、十分すぎるほど若々しく美しい。
白銀の髪は綺麗に編んでまとめられている。
剣術師範を務める日は、凛々しい武官服を着用するが、本日はエンジ色のワンピース。
上品な色合いで、よく見れば仕立ても一級品の代物だが、宝石飾りがついているわけでもなし。
アクセサリーらしいものといえば、大切そうにはまっている結婚指輪のみ。
そこそこ裕福な市井の若奥さん、といった身なりだ。
だがしかし。
――この母、シシリーナ王宮育ちの 元・ガチセレブ。
「……オカアサマ、ソンナ授業、ナイカラ」
貴族の子女が行く寄宿学校ならともかく、シャルが行くのは普通の学校。
サーフィが顔を真っ赤にして言い訳する。
「そ、そうだったかしら?シシリーナの学校とは、ちょっと違うのかも……」
シシリーナだって、庶民の学校にそんな授業はないだろう。
そもそもサーフィは、学校というものに行った事がないはずだ。
勉強は全て専属教師たちの元で、自由な外出も許されなかったらしい。
母の専属教師の一人だった父からは、とても覚えが良く優秀な生徒だったとも聞いている。
「そうそう、国によって違うのよ」
だがシャルは、もっともらしく頷いてみせた。
何しろ、本人は必死で王宮育ちを隠しているのだ。
隊商の護衛をした頃の思い出話はよくしてくれるが、生まれ育ったシシリーナ国での生活になると、途端に言葉を濁してしまう。
どうやら自身の生い立ちが、シャルの心に影を落とすのを、心配しているらしい。
一方で父は、この娘に隠し事をすると、かえって厄介だと、早々に諦めてくれた。
こっそり真相を教えてくれ、代わりにボロが出たらすかさずフォローするよう、厳重に命じられている。
「石筆にカバンに……全部そろってる」
嬉しそうに学用品を眺める様子から、母は学校に行きたくてたまらなかったのだと、容易に想像できた。
視界の端に、光る雫がチラリと映り、シャルは慌てて立ちあがる。
「お父さまにも、準備できたって言ってくるね」
急いで階段を駆け上がり、母が泣き笑いの顔で涙を拭っているのに、気付かないフリをした。
「……え?シャル、本気で学校へ本当に行くつもりだったのですか」
二階の書斎で薬品調合していたヘルマンが、唖然とした表情を浮べた。
「もちろん本気よ」
机に寄りかかり、シャルは頷く。
そして若干、不安になって尋ねた。
「まさかお父さま、専属家庭教師が標準だなんて言い出すんじゃ……」
忘れてはいない。
――こっちもロイヤル出身。
しかし父は、さすが冷静だった。
「いいえ。ですが君は、第二級錬金術師でしょう。今さらabcの書き取りを習いに行きたいのですか?」
「勉強さえ楽にこなせれば、学校は楽しいって、アンもロルフも言ってるもの。だったら私、楽しい事ばっかりでしょ」
ニコニコ顔で説明すると、ヘルマンは少々呆れ顔で肩をすくめた。
「まぁ、そう言うのでしたら、僕は止めませんよ」