6 学校に行こう!-2
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そして初日、シャルはピカピカの鞄に筆記用具を詰め、可愛らしい二本の三つ編みを揺らしながら、ランチを片手に意気揚々と登校した。
「――で、一日で追い出されましたか」
夕方。
エーベルハルト家のリビングでは、緊急家族会議が開催されていた。
ヘルマンが軽く首を振り、教師からの手紙を封筒に戻す。
だから言わんこっちゃない、とは言葉に出さないが、ニヤニヤ笑いが十分に語っている。
隣に腰掛けているサーフィは、なんともいえない複雑そうな顔をしていた。
シャルは向かいのソファーにちょこんと埋もれ、不貞腐れ顔で封筒を睨む。
「追い出されたんじゃないわ、卒業よ」
教師が持たせた手紙には、丁寧にこう記されていた。
『第二級錬金術師の資格を有する御宅のお嬢様は、当校の教えられる範囲を全て取得済みです』
錬金術師の資格について、シャルはもちろん黙って入学したのだが、学長が以前、シャルの論文を読んだらしい。
同じ名前の子がいると教室を覗きに来て、即座にバレたのだ。
人材能力を伸ばす事に重きを置くフロッケンベルク。
優秀なら飛び級は当たり前。
錬金術ギルドで師に学べ、と卒業証書とともに帰宅させられた。
「つまり、今まで通りお父さまに教われって」
「まさかこんな事になるなんて……」
泣き出しそうな顔でサーフィが俯く。
フゥっと、シャルはため息をついた。
「でもね、お母さま。やっぱり私、abcの書き取りより、錬金術のほうが好きみたい。
一時間だけ受けた授業で、死にそうなほど退屈したもの。こりごりよ」
ソファーからピョンと飛び降り、炎色をした母の瞳を見上げる。
「私が普通の学校じゃなくて、錬金術師ギルドに通ったら、がっかりする?」
一瞬、サーフィの両眼が驚いたように見開かれた。
そしてニッコリ笑い、首を振る。
「貴女が私のために我慢する方が、よほどガッカリします。優秀な錬金術師さん」
***
――次の日。
ビーカーの中で色を変えていく液体を眺めながら、シャルはふと尋ねた。
「お父さま、学校に行きたかった?」
「いいえ。特に思った事はありません」
はるか昔、フロッケンベルク王家に愛想をつかした王子は、端正な顔に何の色も浮べず、淡々と答える。
アイスブルーの瞳が、チラリと左手の結婚指輪へと滑った。
「通わせたいと思った人はいますがね」
「……ふぅん」
シャルもそれ以上は聞かず、また薬品へと視線を落とす。
好奇心旺盛な娘が、下手に首を突っ込んで嗅ぎまわらないよう、『姿無き軍師』は、全て話してくれた。
書庫での数奇な幼少時代から、自身がどれほど罪深い錬金術師で、シシリーナ王の歪んだ愛を受ける吸血姫を造ったかも。
「私……ちょっとだけ学校生活に憧れてたけど……」
アンもロルフも実際には見た事ないそうだが、学校生活というのは、時に奇跡のような偶然が起こるらしい。
「朝ごはん食べながら登校して、角で素敵な上級生にぶつかりたかったのに!」
思わず叫んでしまってから、しまったと口を両手で覆った。
恐る恐る見上げると、アイスブルーの瞳が、とても冷ややかな視線を向けていた。
「……その偏った知識、どこから仕入れたのですか?」
「もしかして、本当にあるの?」
「恋愛小説ならともかく、そんな都合のいい偶然、実際にあるわけないでしょう」
きっぱり断言され、やはりそうかと肩を落とす。
そんな娘を眺め、ヘルマンが口元を緩めた。
「まぁ、ラヴィさん辺りなら、そんな偶然が起こっても、おかしくありませんがね」
「アハ、そうね」
とんでもない『きょう運』を持つ双子の母なら、どんな奇跡にめぐり合っても、もはや驚かない。
(でも、お父さま)
声には出さなかったけれど、シャルは目の前の『元・孤独な錬金術師』に、心の中で語りかけた。
(お父さまとお母さまの奇跡も、なかなか素敵よ……多分、世界で一番)
終