ケネスの過去-3
トロントの片田舎でアルバートが始めた小さなチョコレートハウスは、地域の人々に愛され、固定客も増え始めていた。日本仕込みの腕の良いショコラティエ、アルバート・シンプソンの作るスイーツの味わいもさることながら、彼の妻で関西弁を遠慮なくしゃべるシヅ子も店の看板娘として、その評判に一役買っていた。そしてその夏、この店が話題になるもう一つの出来事があった。
「ほんま信じられん話やな。」シヅ子が言った。「ケニーが全国大会で3位やなんて。」
「本当にな。」アルバートが微笑みながら言った。
(※註:アルバート・シンプソン始め、ここの話に登場する人物の話言葉はすべて日本語に翻訳されています。)
「水泳というカナダではマイナーなスポーツを続けているというのも驚きだが、それで全国3位とはな。誇りに思うぞ、父さんは。」そう言って彼は中学三年生の一人息子ケネスの頭を撫で回すのだった。
小さな町のこと、その噂は一気に広がった。ケネスも店の看板になったと言っても過言ではなかった。
ある日、ケネスは、以前からつき合いのあるカフェにココアパウダーとチョコレートを届けに行った。その小さなカフェ『ウォールナッツ』も、その町に古くからある庶民のための憩いの場として親しまれていた。いつものように店の主人はケネスを笑顔で出迎え、品物を受け取りながら言った。「全国大会で3位だったってな、ケニー。すごいじゃないか。」
「ありがとうございます。」ケネスは頭を掻いた。
(※註:ケネスが英語でしゃべる時は、当然ながら関西弁ではありません。)
店の奥から、手をかけているとは言いがたいカールした髪の女性が顔を出した。「お、ケニー!おまえやるじゃん。全国3位。すげえな。」
「ジェニファー、君のその乱暴な言葉遣い何とかならないの?」
「そうだそうだ。」店の主人もその娘の方を向いて言った。「そんなんだから、いつまでたっても彼氏ができないんだぞ。」
「いらねえよ、彼氏なんて。」そして彼女はすぐに顔を引っ込めて二階にどたどたと上がっていった。
その店には兄妹がいた。兄はすでに成人していて両親と一緒に店を切り盛りしているトニー(22)、そして妹が今のジェニファー(19)。彼女は法律の勉強のために大学に通っていた。
「それじゃ、これ、お代な。ケニー、アルバートによろしく。」
「わかったよ、おじさん。」
ケネスは店を出た。