満を持す-1
「で。どうだった?ケンジ。」数日後、ミカが訊いた。
「え?俺に訊くか?」
「だって、あなた当事者じゃん。」
「そ、そうだけどさ。」
「陽子の身体で満足できた?」
「う、うん。満足した。」うつむいて少し赤くなっていたケンジはすぐに目を上げた。「で、でも、オトコだからな。イけばいつでも満足するもんだよ。」
「言い訳じみてる。」ミカがいたずらっぽく微笑んだ。「陽子、とっても良かった、心から癒されたって言ってたよ。」
「な、なんだ、先輩からもう聞いてたんじゃないか。からかうなよ、まったく・・・。」ケンジはコーヒーカップを手に取った。
「そうそう、」ケンジはカップをテーブルに戻しながら言った。「陽子先輩のだんなって、一樹さんって言うらしいけど、あの時、どうも彼、俺に乗り移ってたらしいんだ。」
「はあ?!」ミカは大声を出した。「何なの?それ。」
「おまえに訊くのもなんだけどさ、俺ってセックスの時、おまえの耳を咬んだりしたことないよな。」
「たぶん・・・。そう言えばされたことないね、ケンジからは。ケネスにはあっちこっち思いっきり噛みつかれるけど。」
「あいつはセックスの時は野獣だから、対象外だ。」
ミカは笑った。「そうだね。でも何でそんなこと訊くの?」
「俺、陽子先輩の耳に息吹きかけて、耳たぶを咬んでイかせたらしいんだ。」
「らしい、って何よ。他人事みたいに。」
「いや、俺、その時そんな自覚がなかったし、とても自発的にやったとは思えないんだ。」
「ふうん、何だか不思議な話だね。」
「だろ?一樹さんって、陽子先輩を抱く時は、いつもそういうことやってたらしいんだ。」
「陽子、喜んでたでしょ。」
「うん。涙ぐんでた。」
「やっぱりね。あたしが言ったとおり、ケンジが抱いてやるべきだったんだよ、陽子をさ。一樹さんもそれを認めてくれたってことじゃない?」
「そうなのかな・・・。」ケンジはカップを再び手に取った。
「あなたの陽子を思う純粋な気持ちが通じたんじゃないかな。」ミカは穏やかに微笑んだ。
「俺もその時、一樹さんのことを話しながらはしゃぐ陽子先輩を見て、思わず涙ぐんでた。」ケンジの目は少し潤んでいた。
照れたように目元を指先で拭うケンジを見て、ミカは優しい目を、前に座ったその夫に向けて言った。「あたし、ホントにいい人と結婚した。心からそう思うよ。」
「な、何だよ、急に。」
「あたし、ケンジと結婚できて、本当に良かった。あたしにはもったいないぐらいだよ。」
「や、やめてくれよ。何だよ、今さら・・・・。」
「ケンジは、あたしと結婚して良かった?」
ケンジはその視線をミカの頭上に向けて穏やかに言った。「人生の中で、その選択に誤りは無かった、って自信を持って言える出来事があるとすれば、俺、ミカと結婚して龍を授かったことだと思う。」
「そうか・・・。」
「俺の大人の入り口に立ってたのはマユだけど、あいつが招き入れてくれた本当の大人の世界にはミカ、おまえがいた。」
「何なの?その喩え。」
「人の成長って、やっぱり人との出会いと温もりがガイドしてくれるような気がするよ。心から癒してくれる人、抱いてて心地よい人、」
「それに、抱かれて心地よい人。」
「ミカ・・・。」
「龍もいずれ、結婚するわけだけどさ。」
「うん。」
「手前味噌かもしんないけど、真雪はきっと幸せになれると思うよ。」
「俺もそう思う。龍は中学の時虐待を受けたり、恋人が他人に寝取られそうになったりして、誰よりもつらい思いをしてたはずだけど、ちゃんと乗り越えてきたからな・・・。」
「そうだね。身体ごと真雪に飛び込んでいくし、精一杯手を広げて真雪を受け止められる。そして自分の想いをストレートに伝えてる。何にも嘘をついてない。そういう子だね。」
「うん。そんな子だ。」
「あたし、彼が息子でいてくれることが、すっごく嬉しい。」
「俺も。龍が息子だっていう実感が、今になって湧いてきた。本当にいい男に成長してくれたよ。ミカ、おまえのお陰。」
ミカは目を細めて言った。「染色体は半分ずつ。ケンジとあたし。」