満を持す-4
「ペットショップにいながら真雪って、」龍が店の中のトリミング・ルームの椅子に座って言った。
「何?」真雪はトイプードルのブラッシングを手際よくこなしながら応えた。
「今でもあっちこっちの牧場や畜産関係者から声がかかったりするんだろ?」龍はテーブルに真雪の好きなパック入りのカフェオレを置いた。「ここに置いとくよ。」
「ありがとう。そうなんだ。週に二回ぐらいの割合で、あたしこの店を空けなきゃなんない。」
「変わってるよね。真雪の職業って。」龍は店の前でカフェオレと一緒に買ったパック入りの牛乳にストローを挿して咥えた。
「『家畜人工授精士』の免許持ってるしね。」
「他にも君は『動物看護士』や『犬訓練士』の資格も持ってるじゃん。」
「動物、好きだからね。あ、龍も大好きだよ、もちろん。」
「俺と牛をいっしょにしないでくれよ。」
「そう言えば、こないだ、龍、しゅうちゃんの学校に取材に行ったんだって?」
「うん。教育現場の今をうちの新聞で特集してるからね。修平さんにもいろいろ話を聞いたよ。」
「そう。学校の先生って、ずっと学校にいるから、大変だろうね。」
「いや、登校をしぶる生徒がいたり、町でなにかしでかす生徒がいたり、けっこう表に出て行くことも多い、って言ってた。そっちの方が大変そうだったよ。」
「そうか。なかなかあたしたちには見えない部分だね、そういうの。」
「それを伝えるのが僕らの役目だよ。」
「龍、活躍してるね。」
「まだまだ駆け出しさ。2年目だからね。」
龍は高校卒業後、地元の新聞社に就職した。得意のカメラと軽いフットワークで、町のあちこちの出来事を幅広く伝えるジャーナリストの道を歩んでいた。
「龍、」真雪がブラッシングの手を休めて言った。
「何だい?」
「再来月、夏輝とそのしゅうちゃんの結婚式だね。」
「そうそう。めでたいね。」
「あの二人もつき合い長くて、途中いろいろあったらしいけど・・・。」
「お似合いだよ。そう言えばあの二人、夏に俺んちに来て、父さんと母さんに仲人役を頼んだらしい。」
「へえ、そうなの。」
「でも断ったってさ。父さんたち。」
「なんで?」
「そんなガラにもないこと、できるか、って母さん言ってた。」
「ふふ、ミカさんらしいね。」
「で、結局人前結婚式でこぢんまりやることにしたんだよね。」
「それでも招待客は100人近くいるらしいから、大したもんだよ。」
「二人の人徳だね。」
「そうだね。」真雪はまた犬のブラッシングを再開した。「あたしたちの式、どうなってるの?」
「父さんと母さんそれにケニー叔父さんとマユミ叔母さんが何か企んでるらしいけど・・・。」
「どんな式を考えてるのかな。」
「俺にも情報は掴めてないんだ。いろいろ探りを入れてはいるんだけど・・・。」
「極秘で進めてるらしいね。」
「今わかってるのは、来年の2月14日にやるってことだけ。」
「2月14日?」
「そうさ。敢えてベタなバレンタインデー。同時にチョコレートの日。」
「実行委員長は父さん。企画部長はケニー叔父さん。」
「何それ。大げさだね。」真雪は笑った。
「つまり、」健太郎が『海棠スイミングスクール』の玄関前で呟いた。「ここで俺たちの結婚披露宴をやろう、っていうの?ケンジおじ。」
スクールの看板の下に大きく『2月14日結婚披露宴!健太郎−ハートマーク−春菜、龍−ハートマーク−真雪』と書かれた横断幕が下げられている。
「な、何だかとっても恥ずかしいんだけど。」龍も同じようにそれを見上げて言った。「こんな往来に・・・。」
「嬉しいだろ?嬉しいよな。二組同時結婚披露宴だぞ。こんなにめでたいことはない。な、ミカ。」
「そうだぞ、こんなこと滅多にない機会だ。もっと素直に喜んだらどうだ、二人とも。」
「こんなこと、何度もあってたまるかよ。」龍が言った。
「しかし、これ見たらルナ、どう思うかな・・・。」健太郎はため息をついた。
「真雪にも、俺説明する勇気ないよ。」龍も言った。