満を持す-3
プラタナスの実が小さく育ち始めていた。
ケネスとマユミは、『シンチョコ』の入り口の前に立っていた。
「健太郎も春菜さんも、きっと成長して帰ってくるよね。」
「そうやな。」
半年間のヨーロッパでの修行を終えて、健太郎が春菜とともに帰ってくる日だった。ほどなくタクシーが駐車場に入ってきて停まった。後部座席から健太郎が外に出た。そして後から車を降りる春菜に手を貸した。
健太郎は背筋を伸ばし、両親の方を振り向いて言った。「ただいま、父さん、母さん。」
「お帰りなさい。」マユミが言った。ケネスは車に近づき、開けられたトランクから大きな二人の荷物を取り出した。
「お父さん、お母さん、ただいま戻りました。」春菜が丁寧に頭を下げた。
別宅のリビング、暖炉の前で、四人はテーブルを囲んでいた。ヨーロッパ土産のたくさんの種類のお菓子が真ん中に並べられていた。
「どうやった?本場の修行は。」
「半年分以上の収穫があったよ。」
「ずっとパリにいたんでしょ?」
「うん。まあ、そこで基本的には修行をしたんだけどさ、そこのだんながけっこうあちこち行って来い、って言って俺たちを追い出すんだ。」
「追い出す?」
「そう。バウムクーヘンやザッハトルテはドイツに行って、ティラミスやパンナコッタはイタリアで、っていう感じさ。」
「二人であちこち回ったの?」マユミが訊いた。
「うん。いつも一緒だよ、もちろん。っていうか、俺、英語だめだし、ルナがほとんど通訳だった。しかもパリでクイニーアマンの作り方を二人で習った時なんかさ、ルナは俺より生地の作り方が上手だって言われて、俺、かなり悔しかった。」
「あははは、性格なんじゃない?春菜さんの完璧主義の賜だよ。」マユミが愉快そうに言った。
「春菜さんは英検二級の資格持っとるんやったな。そう言えば。」
「は、はい、一応。でもヨーロッパでは英語が通じないところもいっぱいあって、苦労しました。」
「腕のええ菓子職人にもなれそうやな。春菜さん。」
春菜は照れてうつむいた。
「あちこち行ってみて、俺が一番気に入ったのは、やっぱりチョコレート。ベルギーのゴディバだね。これこれ。」健太郎はテーブルの上の箱に手を伸ばした。
「あ、それ母さんも好きだよ。トリュフ ハニーロースト アーモンドがお気に入り。」
「わいも、あそこのトリュフは好きやな。特にトリュフ カプチーノが絶品や。」
「ですよね。もう口の中でとろけるあの甘さというか・・・・。」
「春菜さんもファンになったんやな。」
「とにかく奥深いよ。お菓子ってさ。」
「やっと気づきよったか。遅いわ!25にもなって。」
「そういう父さんはいつお菓子の奥深さに気づいたの?」
「わいは、もう小学校に上がる時には気づいとったで。」
「ほんとかよ。単にチョコレート好きの坊主だったんじゃないの?」
「そうとも言う。」
四人は笑い合った。
「でも、良かった。」
「何が?」
「修平と夏輝の結婚式に間に合って。」
「そうやな。式は12月、言うとったで。」
「ウェルカム・スイーツとウェディングケーキと引き出物、全部任されたんだよ、うちに。」
「そりゃそうだよ。町で一番名高いスイーツ屋だからね、うちは。」
「それに、相変わらず春菜モデルのアソートの売れ行きは好調やで。」
「ほんとですか?嬉しい!」
「真雪モデルと張り合って、二つともよう売れとる。ありがたい話や。」
「きっとまた春菜ファンが押しかけるね、春菜さんが帰ってきた、って知ったら。」
「そうやな。頼んだで、春菜さん。」
「任せてください、お父さん。いつでもピンクのメイド服着て接客します。私。」
「そうやった、大事なこと言わなあかんかった。」
「どうしたの?父さん。」
「おまえらの結婚式、2月14日に決めたよってにな。」
「そうなんだ。」健太郎がにっこりと笑って、春菜の顔を見た。春菜もますます顔を赤らめて嬉しそうにうつむいた。
「どこで?」
「秘密や。っちゅうか、この件に関してはおまえらには口出しさせへんからな、そのつもりでおるんやぞ。」
「な、なんでだよ。」
「問答無用や。わいら実行委員に任せとき。」
「な、何だよ、その実行委員って。」
「実行委員長のケンジの命令や。本人たちには直前まで極秘にしとけ、っちゅう。」
「まったく・・・。」