夏輝の誕生日-2
「うっせえ、うっせえ!」男は持っていたパイプを振りかざし、修平に殴りかかった。修平は素早く身をかわした。金属パイプの先端がコンクリートの道路に当たって耳障りな音を立てた。その瞬間、修平はそのパイプを蹴り上げた。「あっ!」男の手を離れ、宙に回転しながら舞い上がったそのパイプは落ちてきた時、修平の手に握られていた。武器を奪われた男は怯んだ。
「俺たちの行為は、正当防衛。そうだろ?夏輝。」
「刑法第36条、『急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。』」
修平はその棒を剣道でいう下段の構えをしたまま動かなかった。男はそれを見て、なかなか修平に近づくことができないでいた。
「ざけんじゃねえ!」突然、痩せた男が修平ではなく夏輝に飛びかかった。「こうなったら、女をレイプしてやる!おい、押さえろ!」
背の低い男がすぐにやってきた。そして夏輝を後ろから羽交い締めにした。痩せた男はいきなり夏輝の胸を触り始めた。
「ぎゃははは!く、くっ、くすぐったい、やめろっ!」夏輝は大笑いしながら肘で後ろの男のみぞおちを突くと、胸を触っていた男の腕を捻り上げた。「い、いて、いててててて!」
「そんな触り方じゃ、あたし感じないよ。くすぐったいだけ。」
「こっ、このやろー!」腕を掴まれた痩せた男は顔中脂汗まみれになっていた。
「動かない方がいいよ。ヘタに動いたら関節外れるよ。」そして夏輝は腕を掴んだ手に力を込めた。
「ああっ!痛い!痛い痛い!」
「あたしが気持ち良くなるおっぱいの触り方を知ってるのは、ここにいる修平だけなんだよ。坊ちゃん。」
「諦めろ、ガキども。」修平は夏輝の背後で腹を押さえてうずくまっている男と、腕を夏輝に掴まれて苦しんでいる男の頭を持っていたパイプで軽くコンコンと叩いてやった。そして修平はそのパイプを投げ捨てた。
その時、一人の体格のいい男が駆け寄ってきた。「おまえら、何やってんだ!」
「あっ、先輩!」うずくまっていた小太りの男が身を起こしてよろよろとその男に駆け寄り、身を寄せた。「こっ、こいつらが、」
「『こいつらが』、どうしたって?」修平が言った。
「お、俺たちを、」
「『俺たちを』、どうしたって?」夏輝が痩せた男の腕を解放して言った。その少年も先輩と呼ばれた男のそばに身を寄せた。
「いいがかりをつけたのか?こいつらが。」
「ま、そんなところだ。」修平はそう言いながら目の前のその男をいぶかしげに見た。どこかで会ったことがある、と思った。見たところ、自分と同じぐらいの年格好だ。
「この子たち、まだ中学生なんだろ?こんな夜遅くにこんな所でカツアゲ行為してるなんて、穏やかじゃないね。」夏輝が両手を腰に当てて言った。
「すまん。」男は丁寧に頭を下げた。
「どうやらおまえの手下、ってわけじゃなさそうだな。」
「おまえ、天道だろ?」
「え?」
「相変わらずだ。おまえの気迫。」
「誰なの?」夏輝が言った。
「高校時代、剣道の総体で、おまえと団体戦で戦った相手だ。」
「あ、あの時の、大将の・・・・。田中、確か田中っつったな。」
「あの時も負けたが、今でも俺は、おまえには勝てないだろうな。剣の腕は落ちてないようだ。」
「おまえ、こいつらと・・・、」
「こいつら、俺を慕ってる。あんまり家にいたがらないやつらでね。」
「家出少年をかくまってるのか?」夏輝が聞いた。
「結果そういうことになってる。」
「なんで、また・・・・。」
「俺自身、高校出て、就職したが、会社がつぶれた。」
「いきなり倒産したのかよ・・・。」
「俺のせいじゃないのに、両親に咎められた。それから毎日のように親からイヤミを言われたり鬱陶しがられたりした。俺はいたたまれなくなって家出した。」
「思春期でもねえのに、なんだよ、その突っ走った態度。」修平は遠慮なく田中の行動を批判した。
「結局引っ込みがつかなくなっちまったんだよ。」
「この二人の未成年のことも考えると、」夏輝がいつの間にか後ろで大人しくなってしまった二人の少年を見て言った。「やり直した方がいいんじゃない?」
「親に心配かけるもんじゃねえぞ、二人とも。」修平が言った。
小太りの少年が言った。「あんな分からず屋の親なんか、大っ嫌いだ!いなくなっちまえばいいのに。」
それを聞いた修平は、いきなり少年に歩み寄り、胸ぐらを掴んで前に引きずり出した。「何だと!もういっぺん言ってみろ!」
そのあまりの剣幕に少年は怯えた顔で修平を見上げた。
「親に甘えたくても、甘えられないヤツが世の中にはいるんだぞ!てめえ、父ちゃんも母ちゃんも当たり前に生きてんのに、何ふざけたこと言ってやがるんだ!」修平は左手を振り上げた。少年は驚いてぎゅっと目をつぶった。
「やめなよ!修平!」夏輝がその手を掴んだ。「怯えてるじゃないか、放してやりなよ。」
「許せねえ!親のことをいなくなれなんて言うヤツは許せねえ!夏輝っ!おまえ、悔しくねえのかよっ!」
「わかった。わかったよ。いいから放して、ほら。」夏輝が優しく言った。修平はようやく少年を掴んでいた手を離した。