10 二匹の飛竜(人外性描写)-3
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〔お願い、おじさま。あたし頑張るから〕
スリスリと首を擦りつけ、ナハトが強請り続ける。
〔何事も日々のたゆまぬ努力が大事だって、おじさま教えてくれたじゃない〕
〔全てが努力でどうにかなると思うな、とも教えたぞ。駄目なものは駄目だ〕
何を頑張るつもりだ。と呆れながら、バンツァーは空になった荷台を脇に寄せた。
例外もあるが、飛竜は低い繁殖力を補うため、発情期には雄も雌も、複数の相手を求め合い交尾をする。
盛りを過ぎていても、バンツァーは強い雄だ。
毎年多くの雌から求められるし、もちろんそれに悪い気はしない……が、ナハトは問題外。
〔里のおばさま達も、あたしは今に立派な卵を産めるって、褒めてくれるもの〕
〔ならば、尚更だ。時期が来るまで身体を大事にしろ〕
バンツァーにしても、贔屓ぬきでナハトは優秀な雌だと思う。
鱗の色つやもよく、すんなりのびた尾の形も見事。健康で賢く飛ぶのも巧い。
もっと分別ない若造の頃だったら、大喜びで盛っていただろう。
だが幸い、冷静な観察をできるくらいには歳を喰っていた。
瞳を潤ませ、発情した雌の匂いを漂わせていても、ナハトの身体はまだ成熟しきっていない。
〔たとえ無理に生殖器を入れても、怪我をするだけだ。そんな交尾に何の意味がある?〕
辛抱強く言い聞かせるが、ナハトは身体を擦りつけ続ける。
異変に気付いたカティヤとベルンの制止さえ、耳に入らないようだ。
〔怪我したって平気。すごく痛ければ……おじさまが居なくなっても、ずっと覚えていられるでしょう?〕
〔俺を?〕
ナハトの声から、発情期らしからぬ悲痛なものをかすかに嗅ぎ取り、バンツァーは主へ訴える。
〔主、すまぬが席をはずしてくれ。あとは飛竜同士の会話だ〕
正確な言葉は通じなくても、飛竜使いの義兄妹は席を外してくれた。
中庭の兵士達も一緒に連れて行ってくれ、心地いい青芝が広がる夏の庭に、大小の飛竜だけが残る。
そっとナハトの鼻先を舐め、静かに笑いかけた。
〔おぬしから見れば、俺は墓穴に尾を入れた年寄りだろうが、もう少しは頑張るつもりだぞ?〕
〔歳寄りなんて、そんなつもりじゃ……〕
慌てたナハトが翼をばたつかせる。
〔ならば、何を怖がっている?〕
問いかけると、ナハトはしばらく目を泳がせた後、おずおず上目使いに視線を向けた。
〔あたし、酷い子だから……〕
〔おぬしが酷い?俺の目はいつから節穴になった?〕
〔だって、大好きだったママを、もうよく覚えてないの……どんな顔をしてたか、声も……〕
泣き出しそうに口元を震わせ、ナハトがしゃくりあげた。
〔先の事なんか、誰にもわからないじゃない!ママみたいに、突然死んじゃったり……
それにもし、カティヤとここにずっといる事になったら……あたし、おじさまも忘れちゃうかもしれない……〕
〔そんな事にはならんよ。主は一ヵ月後に連れ帰ると断言している〕
〔でも……〕
ナハトの目端に浮かぶ涙を舐め取った。
〔そうだな、発情を抑える真似事くらいなら良いだろう〕
〔おじさま?〕
〔伏せてみろ〕
〔……ん〕
今度は従順に頷き、ナハトが膝を折って伏せる。
その身体を腹の下に逆向きに跨ぐようにして、バンツァーは薄紫をしたナハトの尾へ首を伸ばした。
尾の付け根を軽く甘噛みすると、下半身がバネ仕掛けのように跳ね上がる。
反動で上体はさらに低くなり、自然と腰を高く掲げた交尾の姿勢になった。