3 稀代の竜姫-2
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「どうだ、思い出したか?」
期待いっぱいの顔で、魔眼王子はウキウキと尋ねる。
「……いえ、生憎と」
冷淡な声で、カティヤは答えた。
まだ、ものの数秒しか経っていない。
今の今まで知らなかった事を、そんなにすぐ、思い出せるものか!
だいたい、川辺で初対面の時から唐突な男だった……と、振り返る。
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『カティヤ……?』
目の前の空気がゆらめいたかと思うと、黒づくめの衣服を着た青年が立っていて、震える声でカティヤを呼んだ。
そして次の瞬間、きつく抱きしめられていた。
『!?』
とっさに避けられなかったのは、敵意や殺気といったものが、青年から微塵も感じられなかったから。
傍らにいたナハトも、軽く翼を動かしただけで、特に咎めようとはしなかった。
『ど、どなたか知らないが、離してくれっ!』
しばらく呆然と抱きしめられた後、我にかえって押しのけると、青年はやっと身体を離してくれたが、黒と金の瞳はカティヤを捕らえたまま離さない。
『……すぐわからなくても、無理はないな。アレシュだ』
『アレシュ……?』
その名を聞き、珍しい瞳の色と、上着に刺繍された国章に目が留まる。
かわされる言語は大陸共通語だが、まぎれもない隣国ストシェーダの紋章だった。
『まさか……アレシュ王子?ストシェーダの……』
『そうだ。カティヤ、俺だよ!』
喜びに満ちた声でアレシュが叫び、もう一度抱きしめようとした腕を、今度はしっかり避けた。
『カティヤぁぁ!?』
つんのめった王子が、不満げな顔を向ける。
『お初にお目にかかります、アレシュ王子』
一歩離れた場所で、騎士団式の敬礼をした。
『大変失礼ですが、どなたかとお間違えのようです』
『だって……君はカティヤだ!!俺の婚約者の……』
“婚約”の単語に、軽く目を見張った。
――完璧な人違いだ。
『ジェラッド王国 竜騎士団 副団長 カティヤ・ドラバーグにございます。名前は同じでも、殿下とは初対面と……』
『……』
王子は、ショックを受けたようだった。
よほど大切な人を探し、間違いだった事に落胆したのだろう……。
そう気の毒にさえ思った。
しかし、そんな淡い同情は一瞬で掻き消えた。
王子の両眼に刻まれた金が光り、全身から黒い炎のようなものが立ち昇る。
とっさに剣を抜いたカティヤの横で、跳ね起きたナハトも飛竜の名に相応しい翼を広げ、咆哮をあげる。
空気をビリビリ切り裂くそれだけでも、大抵の人間なら臆してしまうところだ。
だが、黙りこくってしまったのは、ナハトの方だった。
『ナハト!?』
巨体を川辺に崩れこませてしまったパートナーに、カティヤは驚きの声をあげた。
とっさにアレシュの両眼から目を逸らそうとした時には遅かった。
放たれる光が強くなり……気付けば、この部屋にいたというわけだ。