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『MY PICTURE』
【大人 恋愛小説】

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『MY PICTURE【スパゲッティと女】』-6

「俺、もう一皿もらおうかな」
ミートソース・スパはいつの間にかきっちり平らげてしまった。考え事をしながらの食事はあっという間だ。空腹感も満たされないし、体にも財布にも負担がかかるからしないように心掛けてはいるのだが。
「ミネストローネ」
間髪入れずに彼女が言った。はいはい、と苦笑気味に相槌を打ちながら、左手を肩ほどに掲げてウエイターを呼んだ。
あれからもう一月になる。彼女はモデルの他に幾つか小さなバイトを始め、家賃と食費は交互に払う形をとっている。もう十分に部屋を借りられるだろうが、俺は何も言わないし、彼女も部屋探しをしている気配はない。同じ場所で寝起きし、そして今ではときどきセックスもし、外でそれぞれの生活をしている。だから俺たちはお互いの仕事や交友関係を全くといって良いほど知らない。いいバランスだと思う。今は。
「有り難うございました」
次は是非ディナータイムに、と微笑む壮年の店長とも半ば顔馴染みである。清潔に手入れされた店内のランプの灯りはまだ灯らない。
「お前が昼間にストーキングする所為で馴染みになっちまった」
「だって、昼間って暇なのよね。暇つぶしなら一人で出来るけれど、あなた大抵この辺りに居るし、それに“滋養の有るもの”食べさせてくれるし」
後半は明らかに皮肉だったが、彼女の辛辣に過ぎるユーモア・センスにもそろそろ慣れて来た。
「さすがネグレクト・ガール。抜かりないね」
 昼を少し過ぎたばかりの三月上旬の空は水気をたっぷり含んでたわんでいた。水彩画の水色。少なめの雲がまばらに浮かんで俺を満足させた。肩に掛けていた新型の一眼レフ「サムライ」を構える。
「空ばっかり撮るのね」
俺は答えずにシャッターを切る。
「じゃあ、お前ちょっと付き合えよ。ポーズの練習がてら撮ってやってもいいぞ」
醤油の匂いの風がやさしかった。腹の中のミート・ソースが少し重たく揺れる。
「少し歩こう。さしあたり食い物の匂いのしないところまで」
 人物は撮らない。依頼できた事務的な物以外では。だからこの写真のネガは、現像せずに取っておこう。


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