『MY PICTURE【スパゲッティと女】』-3
「何でもないわ。帰れなくてこまっていただけ」
スクリーンを凝視したまま、表情のない顔で彼女は言った。もっとも、少し沈んだ表情を見せたように俺は思ったのだが、それは先入観としての「帰れない→困る」という思考回路が魅せた錯覚のような気もした。
「帰れない?」
どうしてですか、と尋ねるのは失礼な気がしたし、だからと言って「そうですかお大事に」と言って立ち去るのも気が退けた。よって、とりあえずの帰結として、彼女の言葉を反芻することで急場をしのいだ。言うなればパス1、だ。
「ええ、追い出されちゃったから」
追い出された。成程、それでは帰れませんねぇ、などと心中で相槌を打ってはみたものの、それを知った俺に特に新たな活路はなかった。会話というのはある種サバイバルで、そして俺はその手の物に滅法弱かった。しばしの、沈黙。
「そうですか・・・。追い出されちゃったんですか。同居人と喧嘩でも?」
オーケイ、うまく繋いだ。これで「そうなんです、彼と喧嘩してしまって」なんて言ってくれれば、大丈夫ですよではこれで、なんて言いながらこの場を立ち去れる。「いいえ、一人暮らしなの」
DO OVER。俺の手札は脆くも崩れ去った。仕方が無い、パス2だ。
「お一人なんですか?では・・・?」
「大家さんに追い出されちゃったのよ」
なんだか一問一答をしている気分になってきた。うまく会話が繋がらない。俺の会話におけるスキル不足だろうか?それとも彼女の?恐らくはどちらも問題有りだ。パス3。ゲーム・オーバーに王手がかかる。
「それはお気の毒に・・」
「家賃を払わなかったの」
これは果して会話なのか?それとも場違いな誘導尋問だろうか?だんだん抜き差しならない状況に陥っている自分を感じながら、俺は少しだけ泣きたい気分になった。ぽつりと点った白熱球がいっそう寂しい。もう暫く戦って事態の収拾を試みたかったが、ハードな仕事の後で、そんな気力は残っていそうになかった。先月買ったばかりのG−Shockが11時過ぎを表示していた。