『SWING UP!!』第9話-20
「また、明日…」
日課となっているエアロバイクによるトレーニングの後、晩御飯を終え、風呂も済ませて、結花はベッドの上に横になっていた。
「また、明日…か」
うつ伏せになる形で枕を抱えて、物思いに耽っているその姿は、何処からどう見ても、乙女そのものであった。
まず思い起こしていたのは、初めて本格的に参加した、軟式野球部での練習のことだった。久しぶりにグラウンドで野球が出来たのが、何より楽しかったし、気持ちよかった、明日も練習日であるが、それが待ち遠しくて仕方がない。
次に、今日初めて会った蓬莱桜子の姿が鮮やかに蘇った。雑誌、テレビ、新聞でよく見かけた人物が、実際に目の前にいて、しかも、自分と同じ野球をしている。とても信じがたいことが、間違いなく現実としてあり、しかも、先輩としてなにくれとなく世話を焼いてくれたというのだから、これを僥倖と言わずに何とするのだろう。
そして、直接聞いたわけではないし、未確認ではあるのだが、おそらく桜子と大和とは、恋人関係にあるだろうと、結花の持つ女の勘がそう察していた。
名前で呼びあっているのを耳にしたし、何気ないやり取りの中に、艶めいたものも感じたからだ。
(お似合いだから、いいんだけど…)
大和のことを追いかけて、ここに来た。その大前提を覆された相手であるにもかかわらず、桜子に対して、敵愾心みたいなものは全く浮かんでこない。
「!」
そして、その理由を探ろうとしたとき、真っ先に浮かんだ顔があった。木戸航である。
(アイツとは、予備校で知り合って…)
出会ったときのことを、思い出す。
結花が双葉大学の受験を決めたとき、不得意科目である英語と古典の克服が必要となって、予備校通いをすることになった。
『(……またか)』
その初日、満員電車に揺られながら予備校のある区域の駅に向かっていた結花は、自分の太股をまさぐる感触に襲われた。痴漢にあったのである。
陸上部に所属していたこともある結花は、スレンダーな体型をしているが、特に極上の脚線美を有していた。それが原因なのかどうか判然としないが、痴漢にあうことがしょっちゅうで、その日も同じく、太股を狙われてしまったのである。
だが、結花も負けていないところで、痴漢の手を捕まえて、逆襲の一手をお見舞いすることは朝飯前にしていた。何度かそれで、痴漢を警察に突き出したこともある。
『(さて、コイツをどうとっちめてやろうか…)』
そう思い、心の中で手薬煉引いていた矢先、痴漢の手が太股から一気に尻の部分まで上ってきた。
『ひっ…!』
思いがけない性急なその動きに、結花の思考が混乱した。