幸福連鎖反応-1
『幸福連鎖反応』
「もうそんなに痛くないし、これくらいすぐ治るって」
病院からの帰り道。
半泣きのラヴィを、ルーディは左手でくしゃくしゃ撫でた。
右は包帯ぐるぐる巻きで、添え木が当てられている。
今日も今日とて、偶然の連鎖反応の末、屋根から落ちたラヴィを抱き留めた。その時に失敗してしまったのだ。
ルーディらしくもないが、ラヴィが無傷なのは幸いだった。
右手首骨折。
旧知の闇医者はそう診断し、『折口が綺麗だから人狼なら一晩で治る、つまらん』と不満そうだった。
「でも、不便でしょ?利き手なんだし」
「そりゃ、ちょっとは……」
家に着くと、ラヴィがさっとドアをあけた。
「治るまで、私がちゃんと世話するわ。不便な事があったら何でも言ってね」
「……ああ」
やる気満々のラヴィに気圧され、とりあえず頷く。
(本当に平気なんだけどな……)
実際、荒っぽい人狼間では、これくらい珍しくない。同族といた時は、もっとひどい怪我もよくした。
しかし、まぁ……
(……たまにはちょっとくらい、甘えてみるのもいいか)
例えば、ご飯を食べさせて貰うとか、身体を拭いてもらうとか……。
まさに、男のロマン!
「夕食作るから、安静にしててね」
張り切って台所に向かうラヴィの後ろ姿を眺め、ルーディはニンマリした。
「ーーはい。サンドイッチなら片手で大丈夫よね」
夕食のテーブルには、卵やハムや野菜が彩りよく挟まれた数種類のサンドイッチが並んでいた。
スープはマグカップに。フルーツも一口大に切られ、フォークが添えられている。
「……」
茫然と立ち尽くすルーディに、ラヴィが首をかしげた。
「あの……サンドイッチ、好きだったと思ったけど……」
「……大好キデス」
己の邪心を見透かされたような気がして、内心でガックリ膝をつく。
左手で食べても、ラヴィのサンドイッチはやっぱり美味しい。
特に不便もなく、夕食終了。
「ーールーディ。身体洗うのも大変でしょう?」
皿を片付け終わったラヴィが、ちょこんとソファーの隣りに座って尋ねた。
アメジストの大きな瞳で、じっと見上げられる。
ルーディは思わず、読みかけていた本を取り落とした。
「あ、ああ!」
必要以上に力を込めて返答してしまう。あやうく尻尾まで出てしまいそうだった。
「やっぱり。ちょっと待ってて!」
両手をポンと合わせたラヴィは、ウキウキと小走りで二階に駆け上がった。
「はいっ」
ニコニコ可愛らしい笑顔で差し出されたのは、丸薬入りの小瓶。
錬金術ギルドで最近開発された魔法薬だった。
炎の精霊魔法を応用したもので、入浴の困難な時にも、一粒飲めば身体の汚れを浄化してくれる。
ラヴィが人狼事件で大怪我した時、アイリーンがくれたものだ。
「これ、アイリーンさんが少し多めに置いてってくれたの。取って置いて良かったv」
「……ハハハ、ソ……デスネ」
――おのれ、姐さん!
入浴の件も、これにて一件落着。