★★★★-3
陽向は気が気でなかった。
「来る?」なんて言われてしまっては断りづらい。
むしろ、怒りがわいてきた。
奈緒が自分のことを好きと知っていて、その飲み会に参加しようとする神経を疑う。
自分も男がいる飲み会に参加するということはお互い様か、とも思うけど。
無言で昼食を摂っている陽向の横で奈緒は今日の飲み会の話をしている。
「五十嵐誘ってオッケーもらったのなんて初めてー!どーしよー!もっと可愛い格好してくればよかったなー」
「どんだけ気合い入れてんのよ!」
千秋も口ではそう言うものの、楽しみにしていそうだ。
楓は陽向をチラチラと見て様子を伺っている。
「あ、そだ」
楓が思い出したように声を上げた。
「城田に頼まれてることあったんだ!」
「そーなの?そろそろ行く?」
「うん。あ、ヒナ来てよ」
「へっ?」
「二人いればすぐ終わることだし」
楓はそう言うと、立ち上がって食器を片付けに行ってしまった。
「楓!まって!」
陽向は奈緒と千秋に「また後で」と声をかけて楓の後を追った。
「今日の飲み会、大丈夫かね?奈緒めちゃくちゃ張り切ってたけど」
静かな廊下を歩きながら楓が口を開いた。
「わかんない…。てか城田先生の研究室ここじゃなくない?」
「あはは。バレた?飲み会の対策でも立てよーかと思って、二人になりたかったの」
楓はヘラっと笑うと、屋上に繋がる階段を上り始めた。
上りきったところにあるドアを開放すると、心地よいそよ風が吹き抜けた。
外に出て、フェンス越しに街を眺める。
「いつから付き合ってるの?」
「急に来たね」
陽向はヒヒッと笑った。
「三月くらいかな…」
「なんか違うなーと思ってたんだよね」
「へ?なにが?」
「五十嵐がよ。全然ヒナのことからかわなくなったから、どーしたのかと思った。付き合ったか、絶縁状態になったかのどっちかだと思ってたよ」
楓はそこまで言うと「ま、でもおめでたい事じゃん?」と言って笑った。
「それと、問題は今日だよねー」
「……」
「不安ですか?」
覗き込み、ニヤつかれる。
「不安ってゆーか…。奈緒は絶対五十嵐の隣座るでしょ?」
「でしょーね。でも、それはさせない」
「かと言ってあたしが五十嵐の隣ってゆーのもやだからね」
「わかってるって!男は男、女は女で座ればいーでしょ」
「なんか合コンみたい」
「奈緒にとっては合コンだろーねぇ」
「…やだなー」
ボソッと呟いた陽向を見て楓は爆笑した。
「なんで笑うの」
「ヒナ、そんなキャラだったっけ?」
「そんなキャラって?」
「好きな人の事考えてあーだこーだ考えてるとことか。恋バナなんて、うちら滅多にしないからさ、すごい新鮮!意外と乙女なんだね、いつもサバサバしてんのにさ。恋愛には無関心って感じだったから、付き合ってるのもビックリだったけど」
「そんなことないよっ!」
「五十嵐はヒナのそーゆーとこに、惚れたのかもね」
「え?」
「ヒナは恋愛体質じゃないから、男はみんな友達じゃん?でも、いざ付き合ってみるとこんな感じじゃん?」
「こんな感じってなによ」
「やきもちやいちゃったり!」
「やきもちやいてないもん!」
「うっそだー!」
二人でケラケラ笑いあう。
「大丈夫だよ、ヒナ。今日はいっぱい飲んで、酔っ払って帰りましょー!」
楓は陽向の頭をぐしゃぐしゃと撫でて「教室行くよ」とドアの方に向かった。
楓は、自分の事を一番よく知ってくれている。
恋愛の相談?なんてしたのは初めてだけれど、こんなに的を得た事を言ってくれるとは思わなかった。
彼女はやっぱり、一番の理解者だ。
今日の飲み会は不安でいっぱいだけど、楓と一緒なら大丈夫かな…。
陽向は楓の隣を歩きながら「ありがと」と言った。
「感謝してくれてるの?」
「してるよ」
「じゃあお金ちょーだい」
「相談料?」
「もちろん。5万円」
「高っ!」
また笑いあう。
こんなくだらない冗談を言い合えるのも楓だからだ。
他の二人より、楓は特別な存在だ。
いつも自分を気遣って可愛がってくれる、姉御肌。
「じゃあジュースおごるよ」
「えー、アイスがいい」
「わがまま!」
飲み会まであと四時間半。
今から戦闘モードだ。