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雫〜あさき一般的解釈より〜
【純愛 恋愛小説】

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いつしか、また牡丹雪が舞い始めた。

降り続く雪が互いの体に次第に薄く積もっていくのを眺めていると、この白黒の世界に化粧を施されているような気がした。

場違いな生物達が、これから行く世界に素直に馴染んで行けるよう、雲からの手向けにと。



「あたしね、貴方に幸せを沢山沢山貰ったの」


ややあって、彼女がポツリと耳元で呟いた。

震える手が、僕の背でゆっくりと握りこぶしを作る。


「まず、貴方に出会えたこと」


一つ、人差し指が立てられた。


貴方と話せたこと。
貴方が話を聞いてくれたこと。
貴方が大切にしてくれたこと。
貴方が叱ってくれたこと。
貴方が許してくれたこと。
貴方を好きになれたこと。
貴方が好きでいてくれたこと。
貴方に触れられたこと。
貴方に触れられたいと願われたこと。


一つ一つ、言葉にするごとに指が広げられていく。

ゆっくり、優しく紡がれる声音が思い出を映し出すようで、何度も頷きながら聞くうちに、ふと気付けば頬に涙が伝っていた。


「それから、今こうしていられること」


もう開くことの出来ない指の代わりに、あやすように背を撫でられる。


「もう指が足りないの。まだまだあるのに。貴方と出会えて、本当に、ほんとに、あたし、は、」


切れ切れの言の端が、また君の頬も涙が撫でていることを伝えていた。



たまらずに強く抱き締めて口付けを落とした。

性急すぎて歯にぶつかったが、痛みも感じない。



声も上げずに、僕らはポロポロと泣いた。

泣かないで、と唇で伝えようとしても、自分の涙が止まらない。

それは彼女も同じなのか、ただただ涙を目の淵から溢れさせながら、ぎゅっと掌と唇を僕の身体に押しあてていた。


舞い落ちていく水滴が、少しずつ凍っていく身体の上で冷えて固まり、静かに薄い固まりとなって名残を残していく。




雫が、生から死へとこぼれ落ちていた。





先に泣き止んだのは彼女の方だった。

すっと袂から抜き取られた彼女の手が、僕の頬にのった氷を優しく払ったのに気付いて目を開けると、

「ね、笑いましょう」

と、瞳の奥に景色が写りこんで、何にも負けない輝きを溢れさせた彼女が居た。



「僕が欲しかったのは、これだったんだ」とよぎる。

これから完成する、未完成のお月様。
何に変えても手に入れたい、手を伸ばして届く僕に足りないもの。



「それじゃ、出かけようか」

僕は微笑んで彼女の手を引いて立ち上がると


「ええ」

彼女もそれに倣った。



「死が二人を別つとも」



甘い祝言に二人で笑いあうと、僕は彼女を抱き抱えるようにして船底を蹴った。



ふわりと、帽子が宙を舞っていった。







心が輪廻を求めても

体は今生を求めるものなのだろう。



酸欠の身体が空気を求めて暴れそうになるのを、二人分の衣服が下へ下へと沈めていく。


ただ固く、包み込むように彼女の身体を抱くだけにして、顔を見ることはしなかった。


彼女の最期の思い出の中に、僕は綺麗なままで居たかった。




やがて、僕より僅かに早く、彼女の指が僕から離れて漂った。



薄ぼんやりと目に写る、苦しみ、もがいて召された身体は、美しくはなかった。


だが、それでもただ愛しかった。



『出会えて、良かった』



呟きと共に、最後の泡が口から零れ出ていく。



透明の群青の中で弾けて消えた先では、餅のような牡丹雪ばかりが舞い散っていた。


end






この世の大事なことをすべて知っている君と

この世の大切じゃないことばかり知っている僕に捧ぐ。


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